平等坊・岩室遺跡の

現地説明会(天理市岩室町)に行ってきました。

ここは、弥生時代前期から継続して営まれた大集落の遺跡で、
これまでも広範囲にわたって発掘調査されてきました。
この遺跡は、東西400m南北600mの規模が推定され、
奈良盆地東部の拠点的な集落として評価されているそうです。
今回発掘調査された地点の北側の微高地には、首長の居宅を思わせる区画も出ており、
弥生時代から古墳時代への社会変革を示唆していました。
そこに今回鍬形石が出土したということで、
この集落が古墳時代前期まで継続的に機能したことが分かったんですね。

このあたりは地元と言ってもいいでしょうね~、
我が家からは徒歩でも30分ぐらいの距離です。
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今日はお天気もよかったので、自転車でギ~コギ~コと行って参りました。
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これが発掘された鍬形石。下半分が意図的にに割られてなくなってます。
鍬形石、車輪石、石釧の「腕輪形石製品」は、
その殆どが前期古墳の副葬品として出土しており、
中でもこの鍬形石が、その製造地と古墳以外から出土したのは他に類を見ません。
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ほかにも、弥生時代から古墳時代にわたる土器の数々や、勾玉管玉が出てました。
この勾玉はとっても小さいです~。
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鍬形石が出土した古墳時代の土抗。
写真奥の方には同じく古墳時代の土器が固まって出土してますが、その向こう側には川が流れていたらしい。
その川の北側からだけ土抗や土器が出土してるそうです。
また、土抗の底には焼けた土があったこと、鍬形石が割られてること、首長の居宅と思われる区画からこの位置がまともに見下ろせることなどから、
火と鍬形石を使ったなんらかの儀式や祭祀が、川のほとりで行われたのではないか、
との推察がなされていました。
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今回発掘された区画の周囲の地図。
赤く囲われたのが今回の調査区域、黒やグレーの線が環濠 青い線が自然河川、濃くて太い線で四角く囲まれたのが首長の居館と思われる微高地。

最近までこのあたりは田んぼばっかりだったんですが、弥生時代から古墳時代にかけては、大規模な集落があって、沢山の人が住んでたんですね。
そして、この調査が済んだ後は、宅地として開発されるんだそうで、
なんていうか、
時代は回る?

腕輪形石製品は私の卒論のテーマなので、もう少し早くこの説明会が有ったらよかったのに、と思った私でした。
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by nagiwi | 2007-01-21 01:52 | 現地説明会 | Comments(2)

「まことにはかなきものは、ゆくえさだめぬものおもい。風の中に巣をくう小鳥」(作高橋睦郎・・・多分)私なぎの物思いの幾つかを・・・