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秋津遺跡現地説明会に行ってきました。

御所市の古墳時代前期の集落跡から、
方形に巡らされた板塀とその中の住居跡と思われるものが見つかって、
現地説明会があったので行ってきました。

場所はJR玉手駅から歩いて半時間ぐらいの所なんですが、
この御所市と言うところは葛城氏の根拠地とされていて、そこらじゅうに古墳やら遺跡やら神社があるのに、
今回遺跡が発掘された秋津小学校近辺は、これまでは遺跡の空白地帯だったそうで。
半年ほど前、京奈和自動車道路の工事のために試し掘りをしたら、ワンサカ遺跡が出てきて、
「秋津遺跡」と名付けたそうです。

朝からいいお天気で現説日和だったんですが、この御所と言うところ、
我が家からだと、ちょっと不便・・・・
いや、JRに乗ってしまえば45分ぐらいなんですが、そのJRが一時間に一本(笑)
こ~ゆ~場合、問題は帰りよね~、と思いながら、出かけました。
JR玉手駅では例によって沢山の同行の士が下車。
ちゃんと「現地説明会はこちら」の張り紙と、案内の方がいて下さり、その案内通りにぶらぶら歩いて行くと
到着したころは、すっかりぽかぽか暖まりました。

これが遺跡の全景です。
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この遺構は、20センチほどの溝を挟んだ柱穴の列が二重になって、区画を囲んでいる。
そういう区画が三つ出土してて、一番大きいものは南北18メートル以上、東西40メートル以上 !

土坑の形から、溝には約15センチ厚さの板をびっしり並べ、その両側を柱と横木で挟んで塀にしたらしい。
柱を埋めた深さから、塀の高さが推測できるそうなんですが、
その方法によると塀の高さは2メートル位と推測でき、塀の内側で竪穴式の建物跡も見つかったそうです。
で、その形状から、八尾市の心合寺山古墳で出土した、祭祀場をかたどった埴輪のモデルになったとみられるそうな。
その埴輪はこれ。
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説明によりますと、この塀は、政治や祭りを行う神聖な空間を囲んでいたと推測されるそうで。
塀のイメージはこんな風だそうです…
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これがその塀の遺構
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遺構近くの流路跡では、祭祀の道具と思われる小型のつぼなどが多く捨てられていた。
流路跡。
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遺物がたくさん出土した地点
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方型区画の北辺
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全景はこんな感じなんですね~。
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出土した遺物には銅鏃や
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何故か、馬の歯
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勾玉、管玉など
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鉄碎
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 など珍しいものがたくさん出土して、周辺地域が5世紀ごろから活躍した古代の大豪族、葛城氏の本拠地だったことを思い出させてくれます!

だって、遺跡に立つと、葛城山と金剛山が目の前に迫ってて、いやでも葛城氏を思い出すんですよね。
その葛城氏って言ったら、仁徳天皇の皇后だった磐媛の出身氏族なんだし~。
近くには、その葛城襲津彦(磐媛のお父さん?)の墓と言われてる、宮山古墳があるし~。
これは行かねば!と歩きだしたら、15分ほどで宮山古墳着。
道路の反対側には陪塚と思われる小山(ねこ塚)がありました。
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全長230メートル余りの大きな前方後円墳の周りを辿って行くと、ちゃんと登り道があって。
急な階段を登り終えると、そこには先客が数人おられて、石室の中を覗き込んでおられました。
ここは、竪穴式石室の中に長持型石棺が入ったままの状態で見られるんだそうです!
勿論、石室に降りて中を見たんですが、降りてほんとにびっくり!
思いのほか、石室が浅くて、石棺と石室の天井の間にほとんど空間がない…・
そして、目の前に石棺の縄掛け突起がにょっきり!!
石室内を地上から見たところですが、突き出てるのが縄掛け突起、丸い穴は盗掘坑だそうです。
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その盗掘坑から石棺内部を撮ってみました。
石棺の天井石のカーブがはっきりわかりますね~。
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石棺の右肩から奥を見たところ。天井が低いのと、縄掛け突起とがはっきりわかりますね。
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石室はこの北側にもう一つあったそうで、これはその天井石でしょうか…いや~、ここは凄いね~と皆さん大満足で、三々五々、次の目的地へと散って行かれました。
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私も近くにある條ウル古墳に行きたかったんですが、実はこの日、夫は親戚の法事に出かけており、
致命的なことに、鍵を持っていない…おそらく、5時には帰宅するはず…
で、時間を見たら、三時前…
ここから御所までは一時間ぐらい歩くかなあ。
バスは無いし、タクシーの影も見えない(汗)
やむを得ず、宮山古墳の全景を眺めながら御所駅を目指して歩き始めました。
しかし、前方後円墳って、いい格好ね~。
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歩くにはちょうどいいお天気と気温。
途中には「蛇穴(さらぎ)」が。
この「さらぎ」というのは葛城の和名だそうで、倉を意味するらしい…・
それと、役の行者に恋した村娘が失恋して蛇になったという伝説が合体して、
ここの野口神社では「蛇穴の汁かけ祭り」と言うお祭りがあるとか。
ふむ~。

御所駅の南には、鴨都波神社があります。
この神社は、、「鴨の水際(みづは)の神」で、元々は水の神を祀っていたという説があります。
このあたりは葛城川と柳田川の合流地点なんですね~。
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道路際ですが、しんとした雰囲気・・・・・

近くには鴨都波遺跡もあって、すぐそこだったんですが
あいにく、電車の時間が迫っていて。
何しろ一時間に一本なんですよね~(汗)

とっとこ帰ったら、夫はまだ帰宅してませんでした。
夫を閉め出さずに済んで、よかったわ。



 
Commented by 独楽 at 2010-01-25 22:26 x
うわっ健脚!!1時間歩き通しですか・・傾斜のない道だったのでしょうか?私は重力に逆らう傾斜が少しでもあるとすぐへこたれるので葛城あたりは非常にきついのですが・・・
Commented by 朱雀 at 2010-01-26 16:04 x
nagiさん

報告ありがとうございます。葛城氏に関係する居館のようですね、来月と再来月に葛城氏に関係の深い葛城山麓の古墳を巡ります。4月5月には御所市の古墳で最南端の水泥古墳から巨勢谷を通り宮山古墳まで回ります。

秋津小学校の近く、池ノ内には会社時代の同級生が住んでいます、近くの絛ウル神古墳、日本武尊陵へは行きますが友達に家にはまだ行っていません。

 島本町では調査地の規模は狭いのですが、後鳥羽上皇の離宮跡の一部とみられる遺構が出ています。朱雀のブログをご覧ください。 
Commented by nagiwi at 2010-01-27 21:05
独楽さん
私も上り坂は大っきらいです!
葛城と言っても、宮山古墳から御所駅まではお陰さまでまっ平ら(笑)
鴨都波遺跡から西へ向かうとアップダウンがきついので、あちらへはできるだけ近づかないようにしてます(笑)
Commented by nagiwi at 2010-01-27 21:12
朱雀さん
あの辺りの「秋津」と言う地名は大和の古名「とよあきつしま」から来てるんでしょうね。
葛城氏は大王家に妃をたくさん送りだした一族として有名ですけど、それって、相当有力な氏族だったって言うことですよね。
宮山古墳には、たくさんの武具が埋納されてたようですし、強力な武力をもってたんでしょうね~。

後鳥羽上皇の離宮の記事は新聞で見ました~。
拝見させていただきます☆
Commented by lilakimono at 2010-01-29 10:34
うわ!古墳の内部ってなんだかひんやりしたかび臭い臭いがしてきそうですよねぇ。
まだまだ、こんなすごい遺跡が残されていたというのが、なんだか嬉しくなるようです。

やっぱり、なぎさんの健康は歩くことにあり!でしょうか?
(上り坂は嫌いと仰ってますけど、目の前にあったら、ものともせず上っていかれるのでは~??)
人生の後輩ですのに、すっかり足萎えのワタクシは、見習わなければ!ですね。
Commented by nagiwi at 2010-01-30 19:55
りらさん
古墳って、早い話がお墓ですから、その内部を覗いて興奮するって言うのは悪趣味かも(笑)
でも、目の当たりにすると胸がトキメキます~。

平らな道をどんどん歩くのはホントに大好き☆
気持ち良いです~♪
長く続く上り坂は断固お断りですが、見たいものを目の前にぶら下げられたら、きっと登るでしょうね(笑)

Commented by 流水 at 2010-02-01 17:51 x
なぎ さん

白石先生の話の中に、古墳時代に勢力を持つた豪族で

「葛城氏」の話が出てきました。これがその遺跡みたいですネ!!

唐古・鍵遺跡、纏向遺跡、箸墓古墳、などなど次々に色んな物が

わんさかと続けて出てきますね。

ならは、「まほろば」・「国中(くになか)」の言葉がぴったりです。

田舎は、脱帽!!です。
Commented by nagiwi at 2010-02-01 23:10
流水さん
ようこそ~♪
このあたり一帯は、葛城氏に関係あると思われる古墳や遺跡の宝庫ですね~。
今の奈良はしっかり田舎ですけど、古墳時代は大都会(笑)
そのころ生まれてたら私もシティガール?(笑)

Commented by 流水 at 2010-02-02 13:28 x
なぎ さん

いやいやそれよりは、

なぎさんなら、「王皇女」だったり

して!!
Commented by nagiwi at 2010-02-03 00:17
流水さん
あらまあ!
若い采女を叱り飛ばすお局様ってかんじでしょうか(笑)
Commented by 曲学の徒 at 2010-12-03 21:55 x
私も当日の現地説明会に行ってきました。
しかし説明資料を見てもこれがどのような遺構なのかさっぱり解りません。
発掘担当の橿考研もまったく理解していない。

もしよろしければ下記にアクセスしてみてください。
http://yamatai.sblo.jp/?1291376616
Commented by nagiwi at 2010-12-04 16:52
曲学の徒さん
ようこそ。
11月にもまた秋津遺跡で現地説明会があったそうですが、私は参加できなくて残念でした。
謎めいた遺跡が大和には沢山あって、興味深いですね。

曲学の徒さんのブログも拝見させていただきます☆
by nagiwi | 2010-01-24 23:27 | 現地説明会 | Comments(12)

「まことにはかなきものは、ゆくえさだめぬものおもい。風の中に巣をくう小鳥」(作高橋睦郎・・・多分)私なぎの物思いの幾つかを・・・


by nagiwi