風の中の小鳥

タグ:考古学特殊講義 ( 5 ) タグの人気記事

考古学特殊講義の

結果が帰って来ました。
80点で合格。全員でしょう?

テストはおろか、レポートも感想文さえなかったんだし、当然かな~。
[PR]

考古学特殊講義、最終日☆

今日は橿原神宮前に集合して、バスで橿原考古学研究所附属博物館に向かいます。
あそこへ行くんやったら、畝傍御陵前で降りて歩いたほうがずっと早い、と
ぶ~たれてたんですが、なんと雪が降ってきて、
バスで良かったわあ~と、たちまち前言撤回しました(笑)。

いつもながら人気のない博物館で、先生の解説を聞きながらゆっくり見て回るという
贅沢な時間。
先生もどうやら古墳時代ぐらいまでがお好きなようで、
奈良時代以降はさっさと済ませてしまわれた。
うふ、恐れ多いけど、気が合います(笑)。

博物館を出てみると雪は上がったけれど、寒さは一層厳しくて。
次に向かうのは飛鳥寺。
橿原市内を抜け明日香村に入ると、美しい風景が広がってワクワクしてくる。
ん~、飛鳥はやっぱり、いい!
程なく蘇我氏によって建立された日本初の仏教寺院、飛鳥寺に到着したけど、しかし、
この人数(120人)飛鳥寺のあの小さいお堂に入れるの?
・・・・入れました。ぎっしりやったけど。
d0007913_23292922.jpg

この風景が私は大好き。今日は遠くの山が白く雪化粧してて、一層すてきですね。
寒くても冷たくても、「飛鳥は燃える」と思う私たちです。
d0007913_23303433.jpg

飛鳥寺境内。水野先生も加わっておられた発掘調査によって、この寺は一塔三金堂という珍しい伽藍を持っていたことが判ったそうな。これは、高句麗の清岩里廃寺の配置と同じで、配置は高句麗式、瓦は百済式、飛鳥大仏は北魏式、仏舎利などから見つかった金は赤みが強い新羅式、という国際色豊かなお寺です!
ここの鐘はとてもいい音色でした・・・
d0007913_23392452.jpg
バスの中で大急ぎで昼食を食べて(笑)伝板葺宮に向かいました。
これは井戸跡。
飛鳥では、建物の下を除いてこういう風に一面に石を敷き詰めてあるとか。
ここが板葺宮跡かどうかはともかく、大事な井戸であったことだけは確かで、
辺りには、様々な建物が立ち並んでいたことでしょうね。

このあとは、亀石を見るんだわ、と奈良万葉館へと行ったのですが。
万葉館の駐車場で富本銭の発掘秘話を聞いていたら、
メガホンで「駐車場を占拠している・・・退去するように」と言われてしまった。
駐車場はガラガラで、誰の邪魔にもなってないし、大体、メガホンって、何よ!
邪魔だと思ったら、自分で歩いてきて言えばいいじゃないの!シツレイな・・・

で、亀石は遠目で見ただけで、酒舟石を見て、石舞台に向かいました。
私は現地説明会で見たからいいけど、見たい人もあったでしょうね。
もう少し時間があったらなあ・・・

d0007913_23393850.jpg
で、ここは石舞台。何度来てもその大きさには驚かされます。
この辺りは嶋地区。蘇我氏の別邸があった嶋宮がこの辺りのことと思われることから
蘇我馬子の墓と伝えられています。
一辺50メートルほどの下方上円墳、若しくは下方上方墳。
d0007913_23585555.jpg
石室に入ってきましたが、
あの石室、飛鳥寺より大きいんじゃないかしら(笑)

石室の石がすべて自然石であることから、
先生は蘇我氏のものであるにしても、
馬子よりもう少し古い時代のものではないか、と。
馬子より数年早く身罷った聖徳太子の墓
(大阪府太子町にあるそうです)は
切石で出来てるそうですし・・・・
下の写真で見ると
方墳部分の大きさが分かるでしょうか。
d0007913_23591513.jpg


今日は最終日、4時には橿原神宮前絵駅に戻らなくてはいけない、ということで、
橘寺や川原寺跡をバスから横目で眺めて、高松塚へと急ぎました。

最近何かと話題の高松塚。私にとってはそれこそ20年ぶりの訪問です。辺りはきれいに公園として整備されていましたが・・・・d0007913_0161673.jpg外から見ると左の写真。
中はこのようになってます・・・
正直、無残だわ。
d0007913_016275.jpg


隣接の高松塚壁画館で、発掘された当時の壁画の複製を見て、
その美しさにあらためて感動したのですが、それだけに、今日の有様が辛く思われます。

発掘するということは、破壊するということだ、と演習で習ったけど・・・
なんで、という思いは消えませんでした。

予定通りの時間に駅に到着して、三日間のスクーリングは終わりました。
この三日間、先生が私に見せてくださったのは、今そこにある建物や仏像ではなくて
今はもう失われたけれど、かつてはそこに有った、もの。
それを作ろうとした人々の心、情熱、夢・・・
その時代の人々の暮らし、世の中の動き。

地面に顔をのぞかせている礎石一つから
人は、見えないものを見、聞こえない声を聞くことができる。

先生のお話に引き込まれて、あっという間の三日間でした・・・・
もっともっと先生のお話、聞きたかったなあ。

飛鳥に三日間泊り込みのスクーリング、とか、やってくれないかしら。
[PR]

興福寺と東大寺へ行きました。

奈良で生まれて育った私にとって、興福寺と東大寺って、基本中の基本。
まして、9月には「奈良文化論」で、これまで気付かなかった奈良の魅力を充分再発見したんだし、今日は楽勝だわ、と思ってた。

けれど、今日私は、
見えないものを見た。

栄華を誇った藤原氏が、大規模な造成工事の上に建立した興福寺の、
広々とした、在りし日の姿。
聖武天皇の熱い思いで造営され、幾たびも焼け落ち、
重源によって再建された東大寺

失われたものの大きさに圧倒された一日でした。

興福寺の国宝館も、二月堂も、三月堂も、通り過ぎました。
先生が熱心に説明してくださったのは、最初に、ここ。d0007913_2321720.jpg
現在整備中の金堂です。
明治の神仏分離で
その境内の殆どを失った興福寺ですが、
建立時は、壮大な規模の
見事な大寺だったことが、
あちこちに残る礎石からも
分かります。
数年中には、ここに、
元の姿を復元した金堂が
建立される予定。

d0007913_23214853.jpg左の写真は五重塔。
興福寺は藤原氏のお寺ですが、
この塔は、藤原氏出身の光明皇后によって
建立されました。
下は南円堂。
観音信仰が盛んで、私たちは「一言さん」と呼んでます。
興福寺の重要な収入源、かな?
d0007913_09566.jpg
これは北円堂。元明、元正天皇によって、藤原不比等の一周忌のために建立されました。鎌倉時時代に再建されたものですが、南円堂と共に、綺麗な八角堂です。中には、無著菩薩、世親菩薩像が安置されています。
d0007913_23314747.jpg
d0007913_04351.jpg

北円堂から南に行った所にある三重塔です。

あんまり知られていませんが、
鎌倉時代再建の優美な塔。
北円堂と共に
現存する興福寺の最も古い建造物です。
皇嘉門院(崇徳天皇の中宮)の
発願で建立された平安時代の様式を
受け継いで再建されたのでしょうか
裳腰をまねたといわれる手すりが優しげ。

内部には仏壇が安置されているそうです。

ここまで来る観光客は少なくて
オススメのスポットですね。
d0007913_23255755.jpg
こうして歩き回ってみると、改めて、往時の興福寺の大きさが偲ばれます。
そして、あちこちに残る礎石などから、その周りをぐるっと塀に囲まれていたことを想像すると、
辺りの風景が一変するような気持ちになりました。
で、お昼は、ここ浅茅が原で頂きました。写真中央の土塀は、興福寺の僧坊のもの。
明治に壊された僧坊の残骸ですね。
勿論、辺りには鹿が一杯。
隣のベンチでは、プリントを食べられてる方も有りましたが、
私はしっかり持参のサンドイッチを食べきりました。何しろ、年季が違います(笑)。
皆さん、強い心で鹿を無視しましょうね(笑)

午後からは東大寺へ。さすがに東大寺には入りました(笑)。東大寺もまた、南大門、大仏殿、と一直線上に整然と並んでいます。d0007913_0384458.jpg
元々は山あり谷ありの地形を均して
平坦にしたところに立ち並んだ
興福寺と違い、
東大寺は
そのままの地形を利用して、
建立されています。
これは
鐘楼から東大寺を望んだところ。
大仏殿の屋根が下のほうに見えて、
高低差が分かりますね。

d0007913_039179.jpg
d0007913_0394079.jpg
お水取りをひかえた二月堂・・・・登りませんでした(笑)。三月堂はちょっと入りたかったなあ。
二月堂の横には、お水取りのお松明用の竹が立てかけてあった。
お水取りが済むまで奈良には春は来ないそうな。明日も寒そうだわ。
d0007913_0395646.jpg

南大門から東西に広がった塀はやがて北に折れ、東大寺の寺域をぐるっと囲んでいたんですね。その中に、今の正倉院も、戒壇院も全部含まれていた・・・まったく、とんでもない広さです。
で、ここは、転害門。度重なる火災にも焼けずに残り、天平時代の東大寺そのままの姿です。
注連縄が張ってあるのは、転害式という春日大社と合同の行事がここで営まれるためだとか。
d0007913_040186.jpg
この門から西に向かっては、一条南大路が都に向かってずっと延びていました。
これは今の一条通り。せまっ。
d0007913_0403565.jpg
今日のおまけ。聖武天皇、光明皇后稜。
転害門で解散後、かるほさんとゆずさんと三人で、
「木の茶の間」さんのお店を探しに行ったんですよね。
佐保川を渡ったところに、この陵を発見(発見って言うのかな?)。
行ってみたら、前に三人の通信制の皆さんが。やっぱりねえ(笑)。
御陵っていろんな説明が書いてなくて不親切だ、とバチあたりな事を言ったせいでしょうか、
お店が見つからない(泣)。
多門町を散々うろついて帰ってみたら、どうも場所を間違ってたみたい。
なんちゅうこっちゃ。
ただ、多門町で見かけた「河瀬家」に記憶があったので検索してみたら
こんな新聞記事を見つけました。転害門の古財、床柱にゆずさん、かるほさん、あのお宅、覗いてみたかったですね(笑)

明日は飛鳥へ行きます。
飛鳥、大好き!
[PR]

考古学特殊講義☆

私にとっては今年一回目のスクーリング。
前学長で、現名誉教授の水野正好先生の担当です~♪
先生のお話は、何度か聞いたことがありますが、
ますますお若くお元気でエネルギッシュ、楽しい水野節を満喫してきました。

午前中は教室での講義、テーマは「古都奈良の文化財と親しむひととき」

平城宮跡は、江戸期にはそのありかが分からなくなっていたんですね。
で、そこを研究し、一輪車を使った測量で割り出し平城京の地図を作成したのが、
江戸末期の奈良在野の学者、北浦定政でした。
彼の死によって絶えていた研究を、
関野貞が、明治になって見出し、平城京の復元に力を注いぎ、
今日の研究の基盤を作ったんですね。

平城京は朱雀大路を中心に、秋篠川と佐保川をその中に取り込み、
その水運を利用して市を運営するなど、美しく区画され、栄えた都だった。
そして、地方との活発な物のやり取りが、沢山出土する木簡から伺われ、
その時代の人々の息吹を知らしてくれる・・・
先生のお話を聞いていると、なんだか奈良時代がついそこにあるような、
そんな気持ちにさせられます。
そのほか、その時代のお産の様子や、極楽往生の誕生、平城京内のお寺の話など、
引き込まれて聞いているとあっという間に時間がたって、お昼になっていました。

午後からはバスで唐招提寺に向いました。

d0007913_23511513.jpg
唐招提寺は
今金堂の
修復工事中。
あの美しい屋根が
見えません。
先生いわく、
この状態の唐招提寺が見られるのは
今だけ・・・
言われてみれば
そうだけど(笑)。
これが今しか見られない(!)
覆屋です。

d0007913_23521640.jpg
唐招提寺を唐招提寺たらしめている戒壇院。今は基盤しか残っていません。
ここで鑑真和上が戒を授けた・・・
d0007913_23522737.jpg




左の写真は鐘楼です。
素朴でスマートな鐘ですね。
後ろに写っているのは、講堂(国宝)。
下賜された平城京の朝集殿を
入母屋づくりにしてあるそうです。
中には、
弥勒如来坐像や
四天王像がありました。








d0007913_23524390.jpg
鼓楼(国宝)
そもそもは
太鼓を置くところとして作られましたが、
後に仏舎利や経典を収蔵された。
きれいな建物です。
d0007913_23525481.jpg
校倉造の経蔵
これも国宝です。
外壁は三角形の木材ですが、
内壁は平にカットされているそうな。
よく見ると、
鼠返しが付いています。
この経蔵の隣には、
一回り大きな校倉造の宝蔵があって、
こちらも国宝。

唐招提寺には、
国宝に指定されている建造物が5つ
仏像が同じく5つあります。


唐招提寺は今も戒律の厳しいお寺で、観光化とは一定の距離を置いています。
だからでしょうか、ほんとに変わらない。
境内は静かな美しさに満ちていて、
苔に差し込む日の光の清らかさに、心洗われる思いがしました。
d0007913_2353641.jpg


次に向かったのは西大寺。
私、この辺りに週にニ、三度出没するんですが、西大寺にちゃんと入るのは何年ぶりかなあ・・・
大茶盛に来て以来だから・・・ん?二十年ぶりぐらい?
d0007913_0414343.jpg
西大寺は称徳天皇によって建立された寺で、
東大寺と並び称される見事な堂宇が立ち並んでいたそうです。
当時の建物は殆ど残っていなくて、これは東塔の基壇。
この下には、地中4層、地上4層に折り重なって財宝が埋められているらしい・・・

d0007913_042382.jpg
柱の礎石。
そもそもは八角塔が立つ予定だったそうで、その痕跡が基壇にも礎石にも見られるそうです。
d0007913_0423976.jpg
これは西大寺中興の祖、叡尊のねむる奥の院に立つ花崗岩製の五輪塔。
3メートル以上はあるでしょう、とてつもなく大きくて、しかも無銘。d0007913_120473.jpg

これは骨堂(こつんどう、と呼ばれるそうです)
荼毘に付した遺骨を卒塔婆に付けて打ち付けるという平安頃の風俗を残したもの。現存する骨堂はこれ一つ、いずれは重要文化財になるんだそうです。

正直なところ、西大寺って、新しい建物ばかりで、
あんまり興味がなかったんですが、
東塔の基盤に登り、冷たい風に吹かれながら
先生のお話を聞いてると、
認識不足だったなあ、と。
知らずに見るのと、知識を持ってみるのとでは、
まるで違う感動がある、とまたまた再認識。

スクーリングのために、華やかな薬師寺ではなく、唐招提寺や西大寺を選ばれたことに、
思いを新たにしながら、冷えた体と共に帰途に着きました。

明日は奈良で集合です。
[PR]

明日は

考古学特殊講義のスクーリングに行きます☆

ここ数日大和盆地はしっかり冷え込んでますが、
明日の昼間は、その寒さも少しは緩むらしい。

明日の午前中は大学で講義、
午後からは唐招提寺に行くそうです。
唐招提寺は
今、平成の大修理中ですが、
どんなお話が聞けるでしょう。

楽しみです~。

皆さん、私を見たらお声をかけてくださいませ☆

・・・・・見て、わかるかしら(笑)・・・・
[PR]