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10月29日~31日まで行われた桜井茶臼山古墳の発掘現地説明会に行ってきました。
現説に行くのは、ほんとに久しぶりです☆

桜井市外山(とび)にある桜井茶臼山古墳は古墳時代前期の前方後円墳。
全長200メートル、後円部には竪穴式石室があって、国史跡に指定されています。
昭和24年に最初の発掘がされて木棺があることは確認されてたんですが、
今回60年ぶりに詳細を調査するため再発掘が行われました。
これまでの出土品としては玉杖が有名ですね。
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ここは、以前は個人の所有で、天皇陵に比定されてないので発掘ができたんですね。
並んで順番を待っていると、説明のパネルが掛けてありました。
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内部には、全長5メートル近い高野槇の割竹形木棺があったそうです。
今はとりだされて、橿原考古学研究所で保存処理され、研究中。
今日は見られないので、パネルで辛抱(笑)。
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石室は水銀朱を塗った石材を積み重ねて作られていて、南北6.75メートルという巨大さです。
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で、これが実物!
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聞いてみたら、この石材、見えないところまで水銀朱を塗ってあって、
まるで、一枚づつジャブンと水銀朱に浸けたようだそうです。
使われた水銀朱の推定総重量は200キロ…これまで多いとされてた天神山古墳の5倍です!
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天井には12枚のこれも水銀朱を塗った天井石が。
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天井石はベンガラを練りこんだ粘土で覆われ、その上に土を盛り上げて方型檀を築いたと思われます。
その裾には布掘り掘り方の溝が掘られ、柱が林立して「丸太垣」とも言うべき堅牢な塀があったらしい。
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この小石は古墳を葺いた礫の一部か?
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天井石の最大のものは、全長2.75メートル推定重量1.5トン!
産地は、柏原市近辺や羽曳野市をはじめ、遠く徳島の沼島あたりのものもあるそうです。
これほど巨大な石を取り寄せるということは、徳島にもその勢力が及んでいた、ということでもあるでしょうね。
使用された水銀朱の膨大な量とともに、被葬者とその一族の権力の巨大さがうかがえます。

この近くにはメスリ山古墳などもあって、強大な権力がかつてこの地に会ったことを偲ばせます。
磐余の王権とのかかわりは?
そして、箸墓とのかかわりは??
う~~ん、ロマンだわ~☆

茶臼山古墳のそばの報恩寺では、この現説に合わせて秘仏を公開しておられました。
平安時代の阿弥陀仏で、穏やかなお顔でしたよ。
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趣のある家々の間をぶらぶら歩いていると、目の前に三輪山が!
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かと思うとハローウィンの飾りつけもしてあります。
でかい!しかもこれは本物のカボチャだわ~♪
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また、不動尊の公開もあって、地元の方々が親切に案内してくださいます。
信仰が根付いてるんですね~。
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不動院そばの宗像神社には、能楽宝生流発祥の地の碑もありました。
宝生流は観阿弥の長男宝生太夫、もしくは観阿弥の子蓮阿弥が流祖と言われ、
大和猿楽の外山座の流れをくむとされてるんですね。
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玄関のしつらえが、とっても素敵なお宅です☆
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これは大和棟☆
もう茅葺じゃないですけど・・・このお宅に限らず、桜井は重厚な日本建築のお宅が、それはもうたくさん!
歴史のある、豊かな町だったんですねえ。
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そんな街の一角にお風呂屋さんの煙突が。
青空にすっくり立つ煙突が気持ちよさそう~。
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茶臼山古墳までは徒歩20分ほど、良いお天気でぶらぶら歩くのにぴったりの距離でした。

桜井市は昭和30年代ごろから、木材の集散、加工などでたいそう栄えた町なんですが、
近年は林業の衰退もあって、町もさびしくなってきてるようで、
ご多分にもれず、シャッター商店街になりつつあるようでした・・・・

今日のおまけ

ホトトギスの花ですね。
この花の点々が鳥の時鳥(ほととぎす)の口の中みたいなので、この名前がついたんですって。
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これはオキザリスかな…
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by nagiwi | 2009-10-31 19:32 | 現地説明会 | Comments(12)
25日の日曜日、孫娘のお宮参りに石上神宮に行ってきました。

24日は折角の酔狂会だったんですが、家じゅう大掃除に追われてました。
普段から綺麗にしてたら焦ることは無いんでしょうが、何しろ泥縄が得意なもので(笑)

孫娘は8月29日に生まれましたが、あっという間にもうすぐ二ヶ月。
10月初めまで我が家にいたんですが、ほんの二週間見なかっただけでほっぺはまん丸!
すっかり女の子らしく・・・・・なったかな?(笑)
降水確率が少し高かったので心配しましたが、曇ってるだけで一滴も降らず、
私たち夫婦とあちらのご家族、普段から息子夫婦を可愛がってくれる夫の妹も参加してくれて、
いいお宮参りになりました☆

この日のために用意した産着がこれ。
地色の紫はお嫁ちゃんの好みですが、私も大好きな色です。
長襦袢は抑えた黄色、袖の振りは桜の地紋の暗い赤なんですが、
桜の地紋は孫娘の名前に「桜」の字が入ってるから、と呉服屋さんが探してくれたもの。
大小の手毬に動きがあって、躍動感のあるいい着物に出来上がりました。
呉服屋さんはじめ、いろんな人のご厚意のおかげですわ!
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石上神宮はうちの近所のお宮さんの元締め(?)で
息子たちが子供のころ、お祭りの稚児になったこともある懐かしい場所。
産着をかけてると、中は汗ばむほどなので、夫の妹が扇子で風を送ってくれてます。
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こちらの祝詞はとってもわかりやすくて、なかなか良かったですよ~。
境内には相変わらずたくさんの鶏☆
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お宮参りの後、写真館で記念写真を撮り、我が家で食事。
親しい親族ばかりで、新しい命の幸せを祈りながらの一日、
楽しく時間が過ぎました~♪

この日のために新調した私の着物。
産着を頼むずっと前に作ったんですが、何故か産着と同じく手毬の模様で
桜の花弁まで散ってます☆
一目見た夫が「合わせたな~」と申しましたが、決してそんなことはありません!
きっと私のところに来る運命だったんじゃないかな(笑)
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帯はいつもの組み帯。
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何もかも終わった後は、全員がっくり疲れてぶっ倒れておりましたが
ほんとに良い一日になりました。
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by nagiwi | 2009-10-27 13:45 | 着物 | Comments(8)
10月22日、去年に引き続いて鞍馬の火祭に行ってきました☆
去年はあいにくの雨だったんですが、今年はからりとした良いお天気!
夕方5時ごろ鞍馬の町に着いたら、家々の前にはもう大きな松明がしつらえられてます。
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お祭りのクライマックスにお神輿をひく太い綱が飾られたお宅
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7時ごろから各家の前の松明に火がつけられ、それぞれ担がれて街中を練り歩きます。
小さい子供は小さい松明、大人は大きい松明を背負ってるんですが、
火の粉は散るし、重いし。
この男性、力がみなぎってますねえ。
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この装束は飛脚(脚絆)や相撲取り(しめこみ)や船頭(船頭篭手)武者(武者わらじ)のように、男性らしさの象徴のような職業の衣装の一部をとったものだそうです。

家の前に太鼓を出したお宅もあって、興が乗るとご主人が太鼓を打ち、
奥さんが鉦(?)を叩いてお祭りを盛り上げます。
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小さい子が松明をささげる所・・・・可愛いですねえ☆
松明を持たない人たちは、長じゅばんを引っ掛けてるんですが、それがなんだかいい感じなんですよ。
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お祭りを見に来た舞妓さん?芸者さん?
このほかに何人も見ました・・・・・やっぱり綺麗だわあ☆
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お人形さんのように見える舞妓さんですが、
松明がささげられるのを見たときは胸がどきどきした、と言ったはりました!
やっぱり若いお嬢さんなんですねえ。

街なかを練り歩いた後、松明は鞍馬寺の門前の会談にずらりと勢揃いして、一斉に燃え上がります!
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今年はお天気がよかったので、松明がものすごい勢いで燃え上がり、
火の粉がそこらじゅうに飛び散って。
松明をささげる人たちの頭にも体にも降りかかってました。
見てるだけでも熱かったです!
お祭りの後にはみんな火傷だらけなんだとか。

とっても勇壮なお祭りでした☆

その夜は京都に泊まって、次の日に相国寺承天閣美術館で行われていていた
山口安次郎作 能装束展-心と技の饗宴を見てきました。
山口安次郎氏は現在105歳。
この方の作られる能装束は舞い手のことを考えて、とても軽くできているそうです。
見事な唐織の数々…・
涎がタラ~っと出そうでしたわ~(笑)

この日の私の着物です。
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茶色の帯揚げとからし色の帯締めで、秋らしい感じになってるでしょうか。
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by nagiwi | 2009-10-26 20:52 | 着物 | Comments(8)

南アフリカ郵便事情

南アフリカでは個人の家に郵便が配達されるというシステムは無いそうで、
私書箱を借りて、そこへ配達されたものを取りにに行くらしい。
しかも、郵便ストが頻繁にあるので、普通郵便は着きにくいとかで、手紙は出さないようにと言われました。
ト~ゼン、小包とかも同様で…現にあちらから出してくれた手紙は一通もついてません…・

9月末に、どうしても必要な書類があるので、EMS(追跡可能な国際スピード郵便)で送ってほしいと
息子から電話がありました。
送り先は自宅の私書箱ではなくて、会社用の私書箱。
この方法が一番確実に着くんですって。
恐る恐る、書類と一緒に孫たちの好きそうなものを送っても良いか、お伺いを立てると、
OK☆
早速お嫁ちゃんに電話してほしいものを聞き、書類と一緒に詰め合わせて送りました。
このEMSは結構送料が高いんですよ~。
・・・・3キロで一万円以上です…

9月30日に送り出して、普通は一週間で着くんですが、10日たっても音沙汰なし。
日本からは追跡できないので、息子が問い合わせたところ、2週間目に着いたらしい。
「無事到着しました!」と大喜びでお嫁ちゃんが電話をくれて、私も送った甲斐があったんですが…・

な、なんと!!
私書箱に郵便物を引き取りに行くのに、お金がいるって言うんです??????

しかも、それがなんと四千円以上だったらしい?????????
郵便料金が不足とか、そういうんじゃなくて。
引き取り料金なんて、聞いたことがありませんわ・・・・・

日本のように、郵便が安全確実に着くのが普通な国ばかりじゃないのはわかりますけど、
引き取り料金って、すごいですねえ。
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by nagiwi | 2009-10-19 18:14 | 雑記 | Comments(10)

狂言風オペラ

久しぶりに台風が上陸するという昨日、
京都へ狂言風オペラ「魔笛」を見に行ってきました。

狂言は最近ブームらしいですが、京都の茂山家は、進取の気性に富んだ、というのでしょうか、
それはもう昔から、常に新しいことに意欲的に取り組む一家で、ご自分たちの狂言をお豆腐狂言と称しておられます。
また、しばらく前ですが、若手の三人が「狂言少年隊」と言うトリオを組んで、精力的な公演を行ったり、
テレビなどのメディアにもしばしば登場して、若い女性の(?)人気が高かったこともあったんですよ。

新聞で狂言風オペラの「魔笛」の記事を読んで、友人と二人で行ってきました。

お昼の公演だったので、12時に四条河原町で待ち合わせたんですが、その時雨はまださほどでもなくて。
河原町通りをぶらぶら北上して、なんとなく左折し、なんとなくこのお店カフェ・アンデパンダン
お昼ごはんを食べることにしました。
怪しげな階段を下ると、
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壁にはポスターがたくさんはられ、床にはタイルでモザイク模様
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でも、ドアはボロボロ
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倉庫をそのままお店にしたんでしょうか
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テーブルも椅子もお粗末ですが、なんだか雰囲気があります
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800円のランチ。パスタのゆで加減はなかなかのものでした!
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このモザイク、きれいだわ…
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ランチを終えて、会場の京都府立芸術会館へ。
ここは昔、立命館大学でした…懐かしいわ。

会場は、それほど大きくないんですが、補助椅子が出て満員。
狂言は演者と観客の距離が近くて楽しいんですが、今回は、ドイツの
「ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン管楽ゾリステン」(ん?ブレーメンの音楽隊?)(笑)との共演。
これ以前にフィガロの結婚なども上演してはるので、大丈夫だろうろは思いつつ、
ブレーメンの音楽隊が、狂言の自由自在さにびっくりしはるんちゃうか、
それとも、東京風のお行儀のいい狂言かしら?と、やや不安(笑)

余計な心配はどこへやら、舞台は明るく闊達で、狂言師さんの達者さがきらめく
楽しい舞台でした。
時々セリフが怪しかったりするのは、初演ゆえのご愛嬌?
ブレーメンの音楽隊さんは、楽しそうに演奏して、時折は狂言にも参加しはるし。
筋立ては少し弱かったし、モーツアルトは腰を抜かすかもしれませんが、
おなかの底から大笑いして、楽しい舞台でしたわ!

外に出ると、雨も風も少し強くなってたので、あわてて帰宅し、
庭の鉢植えを片づけたりして休みました。

幸い、関西では台風は大したことはなくて、夜中に無事通過し
今朝には少し雨が残った程度でした。

お昼の公演にしてよかったけど、着物が着られなかったのが残念でした・・・・
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by nagiwi | 2009-10-08 18:49 | 雑記 | Comments(8)
9月27日日曜日、奈良まほろばソムリエ検定体験学習プログラムの
「斑鳩の里考古学講座…法隆寺と周辺の史跡を巡る」に参加しました。

9月末に息子一家が赤ちゃんを連れて帰って行って、ちょっと気が抜けた状態になってしまい
アップが遅くなってしまいました・・・・半分以上忘れてる気が(汗)

この日の講師は阪南大学教授の来村多加史先生。
先生の講座は
5月の「山の辺の道考古学講座~大和政権発祥の地を巡る」
6月の「平城京の四隅と古道」に続いて三度目。
12時30分という中途半端な時間に(笑)に斑鳩町役場前に集合、
斑鳩町役場~藤ノ木古墳~法隆寺西伽藍~大宝蔵院~夢殿
~仏塚古墳~史跡三井~中宮寺跡~法隆寺門前
全行程6キロを徒歩で、というコースです。

真夏のような日差しの中を住宅街を抜けると、ほどなく藤の木古墳が見えてきます。
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藤ノ木古墳は6世紀第四半世紀の横穴式石室を持つ直径48メートルの円墳。
1985年に発掘されたんですが、何と未盗掘で、しかも、横向き(!)におかれた石棺の中から
二体の遺骨と、金銅装鞍金具などの馬具類、冠や沓、金銀の玉類など大量の副葬品が見つかって、大騒ぎになりましたね。
二体の遺骨は穴穂部皇子と宅部皇子か?という説がありますが、
最近、一つは女性では?という記事を新聞で読んだような。
私的にはその方が面白くて好きですね☆(好みの問題か?)(笑)
ここで出土した、きらきらした歩揺がいっぱいついた沓のレプリカが
橿原考研博物館の入り口に飾ってあったと思います。
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中には入れませんが、見学者を感知して内部に明かりがともるようになってます。
このそばには石棺が置いてあったんだけど、今は撤去されて見られません。
先生曰く、「またおいてください~」と町役場に頼んでください、とのことでした(笑)
この古墳が未盗掘だったのは、法隆寺に対する尊敬があったからかも。

住宅街の中の細い道を歩いて行くと、法隆寺西大門に到着
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法隆寺の再建非再建論争はあまりにも有名ですが、
現在の法隆寺は再建で、これ以前に若草伽藍があったというのがほぼ定説になっています。
また、それ以前にここには聖徳太子の住まいであった斑鳩宮があって、
太子は飛鳥からここに通っていたとも言われています。
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これは、西大門横の南向きの道ですが、大きく湾曲しています。
斑鳩の宮と若草伽藍は、発掘調査などから、方位が西に振れていることが分かっているんですが、
これは、飛鳥と斑鳩をつなぐ道を基本に引かれた方位だからだそうで・・
この道は、再建時の方位ではなく、その若草伽藍の方位に従って伸びてます。

西大門を入ったところには、国宝の西円堂や西室、三経院などがあります。
この写真は西円堂。
乾漆造りの薬師如来があって、峰の薬師として信仰を集めています。
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西院伽藍に入ると、修学旅行でしょうか、学生服の群れがいっぱい(笑)
金堂の修復は終わって、今は大講堂に覆屋がかかってました。
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五重塔の前には礼拝石というものがあるんですが、
昔の人はここに跪いて塔をふし仰いだとか。
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礼拝石から見るとこういう風に見えます!
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西院の伽藍建築は、昭和に入って、建物を創建当時の姿に戻すことを前提に修理が行われましたが、
慶長、元禄に行われた修理も重要な文化財なので、
たとえば金堂の龍の柱や塔の裳階などは、そのまま残されています。
また、いわゆる『天平の甍』の美しくカーブを描いた屋根は、
西岡常一さん(最後の宮大工と言われた方ですね)が「軒が下がる」と反対されて、
あんまりカーブされなかったとか。
大工さんが学者さんより強かったのね~。

僧坊を改築した聖霊院(下の写真)や綱封蔵という倉庫を見た後、
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大宝蔵院へ。
ここには、私の大好きな夢違観音や、仏壇の元祖と言われる橘夫人厨子、救世観音、
玉虫厨子、百万塔、五重塔の雲肘木、雲斗などなど、お宝がいっぱいです…

大宝蔵院から東大門を通って、夢殿へ向かいます。
東大門は三棟造りの八脚門。
ここだけではありませんが、法隆寺の土塀は、版築という技法で作られており、
板で塀の土を打ち付けて固めてあります。塀の縦の線は板の幅ですね。
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これは版築を修理した時に打ち付けた板の木目の模様。
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東大門を出たところの北行きの道も、夢殿へ向かう道と直角に交わるのではなく、
若草伽藍と同じ方位で湾曲しています。
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かの有名な法隆寺夢殿。
夢殿の基壇は唐の天壇をモデルにした八角三成檀。
柱も礎石も八角なんですよ~。
聖徳太子って、当の皇帝に模せられるほど尊敬されてたってこと・・・・
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夢殿北の絵殿。
この絵殿を修理した時、下層から斑鳩宮の掘立柱建築が発見されました。
このあたりに斑鳩宮があったんです!
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法隆寺を出て仏塚古墳へと向かいます。
この古墳は風水にかなったところにあるらしく、藤ノ木古墳によく似た造りだそうで
膳氏のものかも、とのことでした。
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田んぼのあぜ道を20人づつ一列に歩いて行くと、入り口があります。
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古墳の中。
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ここから昼なお暗い山道を少し歩くと、
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なんとまあ、法輪寺の五重塔が見えました・・・
まさか、こんなところに法輪寺に通じる道があったなんて…・この道、好きです!

このあたりは三井という集落だそうで、
これは、聖徳太子が我が子の産湯の為に掘った井戸が三つある、というところからきているとか。
その三つの井戸の一つがこれ
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史跡に指定されてます。
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法輪寺は創建時は三井寺と言ったそうで、瓦にも三井寺と書かれてますね。
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こちらの瓦には法輪寺と。
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法隆寺、法輪寺、法起寺、三つのお寺に共通する『法』の字は、「仏法」の「法」。
この地は仏法が遍く広がった地だったんですねえ。

法輪寺から中宮寺跡へ向かいました。
法隆寺の若草伽藍と同時期に創建された中宮寺は、室町時代に現在の場所に移されたとか。
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田圃の中の青いブルーシートの下が中宮寺跡です。

横断歩道のない道をエイヤっと渡って(笑)細い道をぶらぶら歩き、法隆寺に戻り、
解散しました。

秋とも言えないような暑い一日で、結構疲れたのと、往路にはさっとあったバスが
帰路にはなかなか来なかったのと、道路が渋滞したとで、
家にたどり着くのに、ずいぶん時間がかかりました…

法隆寺には時々行きますが、藤ノ木古墳にはずいぶん久しぶり。
住宅が増えてるのにびっくりでした!
それに、初めて歩く林の中の道がとても素敵で、ぜひまた歩きたいと思います。

ただ・・・
来村先生に頂いたレジュメは、詳しい地図と盛りだくさんな資料が入ってるんですが、
A4表裏にびっしり印刷されてて、しかも、藤の木古墳の横に仏塚古墳が書いてあったりと、
ちょっと読みにくく、
お話を聞く時にも探すのにひと手間かかるし、後で見直す時も分かりにくい…
移動した時系列で纏めてもらえると助かるんだけどなあ…
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by nagiwi | 2009-10-05 12:17 | まほろば検定 | Comments(8)

「まことにはかなきものは、ゆくえさだめぬものおもい。風の中に巣をくう小鳥」(作高橋睦郎・・・多分)私なぎの物思いの幾つかを・・・


by nagiwi