さあ、これは何でしょう(笑)
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これは新生姜のコンフィ。

新生姜のスライスを砂糖煮にして水分を飛ばし、余分の砂糖を再結晶させたもので
うちのお嫁ちゃんの大好物なんです。
右側のバットに広げてあるのが、今日作ったコンフィ。
で、左側のパックに入ってるのがほんの数日前に作った分・・・・・
右側のが少し茶色がかってるのは、焦げる寸前だったせいですが、
注目していただきたいのはその分量です。

どちらも500gの新生姜で作ったんですが、お嫁ちゃんがせっせと食べるせいで
先に作った分は、たちまちこれだけになってしまいました(笑)

結構ヒリヒリするほどの辛味を残して作ってあるんですが、
美味しい美味しいと喜んで食べてくれます☆
生姜は体を温めるし、砂糖はすぐカロリーに変わるので
おっぱいをあげてるお嫁ちゃんには格好のおやつらしいんですよ。

おかげで赤ちゃんはどんどんまん丸になってきてて、お相撲さんみたいな二重顎(笑)
朝青龍そっくりになってきました(爆)

あの二重顎の一部はこの新生姜のコンフィでできてるんやわ~(笑)
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by nagiwi | 2009-09-25 15:07 | 雑記 | Comments(6)

孫娘が生まれてもう二週間がたちました。

女の子がこんなに育てやすいなんて、
男の子しか育てたことがない私は、予想もしませんでした!
何しろ大きな声で泣くということがほとんどなくて、
おっぱいをお腹一杯飲んでオシメを替えてもらったら、
次のおっぱいの時間までぐっすり…
息子たちは、何が気に入らないんだか、
ひたすらぎゃ~ぎゃ~泣きわめいて、毎日大騒ぎだったのに・・・・・

賑やかになるのはこれからでしょうけど、今のところ、とっても育てやすくて
☆ばあば孝行です☆
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天蓋付きのラックで眠る、我が家のおひいさま、です~♪
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by nagiwi | 2009-09-13 21:14 | 雑記 | Comments(12)

大和棟

先日のまほろば検定のツアで、punipuniさんから「大和棟って、どんなの?」と聞かれました。
私もうろ覚えでいろいろお答えしたんですが、調べてみたら間違ってたことが判明しました(汗)

punipuniさん、
ごめんなさい~。
間違ってました~(劇汗)



私の手持ちの写真で少し説明してみます!
見てやってください(ペコペコ)
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あちこちのサイトで説明されてるんですが、
どこが特徴かっていうとわかりにくいことが多いような気がしたので
書き込んでみました。

大和棟の特徴は、両端には瓦がずらりと並んだかやぶきの傾斜の強い屋根と、
煙出しを持つ瓦葺の屋根とが、二重になっていること、で。
このかやぶきの両側に瓦を葺くことを「高塀(たかへ)造り」といって、
大和棟のことを高塀造りとも言うんだそうです。

最近はかやぶきが少なくなって、この写真みたいにトタン張りや瓦葺になってるものも多くて、
こういう形式の屋根を大和棟、ということのようですね。

煙り出し付きの瓦屋根の下は土間になってて竈があったようです。

私が間違えたのは、同じく奈良盆地に多い「八つ棟造り」
橿原市の今西家住宅が有名で、白い漆喰で塗り固めた入母屋の破風を段違いにしたものです・・・
これはほとんどお城のように重厚ですが、ここまで豪華でなくても、
奈良盆地にはこういう入母屋や切り妻の大屋根と煙出しを持った屋根の家がたくさんあって、
それを大和棟だと思ってたんです(汗、汗、汗)

お恥ずかしいわ…・しかも、建築史、通ったんですよ~(せんせ、ごめんなさい)
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by nagiwi | 2009-09-06 14:01 | 奈良 | Comments(4)

8月30日(日)奈良まほろばソムリエ検定体験学習プログラムの
「大和古寺の仏たち」に参加してきました。
前日孫が生まれて、どこか上の空の私でしたが(笑)、近鉄奈良駅の若草書店前に、
ゆずさん、独楽さん、punipuniさんの姿を見つけて、ようやく現実に戻りました。てへへ。
まもなくyumekoさんもおいでになって、さあ、出発!
私の席はpunipuniさんのお隣です☆

この日のルートは
奈良駅前~名阪針インター~龍穴神社~室生寺~「しまづ」昼食~聖林寺~阿部文殊院~大和八木駅
講師は帝塚山大学教授、関根俊一先生です。


針インターでトイレ休憩のあと、緑深い山道をしばし走って龍穴神社に着きました。
この神社は室生川に鎮座しているんですが、この室生川というのは
宇陀川、名張川、木津川の三つの川の源流なんですね。
神社の背後の山には岩窟があって、そこには龍王がいるとか・・・・
この龍王さんは霊験あらたかだったのか、古くから雨乞いの神様として有名だそうで、
平安時代には、京都の貴船神社とこの龍穴神社に雨乞いをしたという記録があるらしい。
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しんとした拝殿の後ろに回ると
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空気が不意に湿っぽくなって水のにおいが…。
本殿は春日造りです。
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本殿前の狛犬さんは苔むしてました。

再びバスに乗り込んで5分ほど走ると室生寺到着。
先月来たばかりの室生寺ですが、緑がひときわ濃いような。
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百日紅の濃い桃色の花が門に華やぎを添えてますね。
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室生寺は先に訪れた龍穴神社の神宮寺として始まったものらしい。
これは、仏教が日本に伝来して受け入れられる過程で
「神はそもそもは仏であった(仏→神に。この仏を本地仏という)」という
本地垂迹説に基づいたものなんですね。
奈良時代の終わりに山部親王(桓武天皇)の病気平癒、延命を祈祷したことから
平安時代に入って、興福寺の僧修円、真言宗の真泰、天台宗の円修などによって整備されていきました。

五重塔は奈良時代初めのもの。
弥勒堂は奈良時代末に修円が興福寺から移築し
本堂は円修によって整備されたといわれており
平安時代から中世にかけて真言宗が中心になりながら、興福寺ともかかわりを持っていましたが、
元禄時代には例の(笑)桂昌院と隆光によって興福寺とは切り離され、
長谷寺との関係が深くなり、女人高野としての地位が確立されました。

金堂には5体の仏像が所狭しと並んでいて、本尊の釈迦如来と十一面観音が国宝です。

しかし、この釈迦如来は、そもそもは薬師如来であったと考えられるそうな。
その根拠としては
奈良時代には「七仏薬師」といって薬師仏を7体祀ったもので、
やがて、薬師仏の板光背(奈良に多い)に七体の薬師仏を描くようになったんですが
ここ室生寺の釈迦如来の板光背には七体の薬師物が描かれていること、
金堂内には薬師仏の守護神である十二神将があること、などがあげられます。

また、この金堂は本来は本来は、釈迦如来、十一面観音、地蔵菩薩の
3体の仏像しかなかったものと思われます。
(ほんとにギュウギュウ詰めなんですよ~)

そして、この地蔵菩薩は光背に比べてなんだか小さい…
実は、室生近くの三本松の安産寺、というところに、宇陀川から流れてきた(!)という
木造地蔵菩薩立像があるんですが、これが、その材質や手法や、表情から
室生寺本尊との類似性が指摘され、しかも、光背との釣り合いもぴったり!だそうで。
どうも、室生寺からお引っ越しして来はったらしいです~。

また、金堂内にある板絵の帝釈天曼荼羅は水の神とのかかわりが深いんだそうですが
これは、この三体と同時期のもの。

整理するとこうなります。

釈迦如来→光背、仏像ともに古い
地蔵菩薩→光背は古いが仏像は新しい
十一面観音→仏像は古いが光背は新しい
文殊、薬師→仏像、光背ともに新しい

では、なんでこんなことになったか、というと、ここで先ほどの本地垂迹説が登場!
室生寺が興福寺との関わりが深かったと先ほど書きましたが、
興福寺は藤原氏の氏寺、藤原氏といえば春日大社というわけで。
春日大社の本一殿の本地仏は釈迦如来、二殿は薬師仏、三殿が地蔵菩薩、
若宮が文殊菩薩、四殿が十一面観音・・・・
春日大社の本地仏として祀られて、薬師さんが釈迦如来にならはって、
他の仏さんも来はった、ということなんですね~。
へえ~~~~。

先日は拝観できなかった弥勒堂を特別拝観させていただきました。
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弥勒堂の本尊は檀像の弥勒菩薩。
ちんまりとお厨子の中に佇んでおられました。
脇侍の釈迦如来は平安時代のもので
ボリュームたっぷりのお体で、穏やかなお顔立ち。
貞観仏の特徴である翻波式衣文が他に類をみないほど鮮やかに読み取れ、
膝前にはこれも平安期の特徴の渦巻き文も見られました。

階段をとっとこ登ると、五重塔の横には修円の御廟・・・・修円は興福寺の方かな(笑)
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御廟から仰ぎ見る五重塔。
十年前の台風で傷んだ桧皮葺の屋根を葺き替えるための桧皮は、境内のもので間に合ったそうな…
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お昼ごはんは室生川沿いの「しまづ」で。
階段を延々と登って・・・・このあたりは移動と言えば登りです(汗)
でも、登り甲斐のある美味しいお昼ごはん~♪
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バスでしばらく行くと大野寺の磨崖仏が川沿いに見えます。
これは弥勒如来。
後鳥羽上皇の勅願によって、興福寺の雅縁が笠置寺の大弥勒石像を模して造立したもの。
伊行末という宋人の石工が線刻で彫ったんですって。
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次は聖林寺。
このお寺は藤原鎌足の子、定慧がこの地に結んだ庵が、多武峯妙楽寺の境外仏堂となり
一時衰微したが、鎌倉時代にに再興されました。
ここから眺める風景はほんとにすばらしい…
箸墓も三輪山も見えますわ~。
こちらの十一面観音は、そもそもは三輪山の大御輪寺にあったものが
廃仏毀釈の時にこちらに移ってこられ
三輪山が見えるように、とここに安置されたそうです(現在は収蔵庫にあり)。
何度見ても素晴らしい十一面観音様です☆
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聖林寺からほど近い安倍文殊院が最後の拝観になります。
ここは合格祈願のお寺としてジモッティには有名で(笑)
お寺さんは愛想よく、境内はきれいだし、現生ご利益のにおいがぷんぷん(笑)
本尊の文殊菩薩騎獅像は快慶作の重要文化財・・・・なんですが、修理のため白い布でぐるぐる巻き(汗)
9月からこの本堂の中で修理されるそうです…本堂に入れてもらって、本尊周囲に配置された快慶作の仏像を見せて頂きました(にっこり)
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境内には横穴式古墳が二つ。
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文殊院西古墳は精巧な切り石で築かれていて内部の壁面はつるつる!!
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東古墳の羨道には井戸があって閼伽井古墳と呼ばれており、
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お参りすると知恵がコンコンと湧いてくるらしい(トーゼン、しっかりお参りしてきましたわ~ん)(笑)
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この日、奈良時代から鎌倉時代までの仏像を何体か見ましたが、時代ごとの仏像の特徴は

奈良時代前半
整った形で威圧感は無し。
木芯乾漆、脱活乾漆の、乾漆像。
塑像。
ブロンズ像。

奈良時代後半
肉付きが良くなり個性的な風貌。
檜の木造(一木造り)が加わる。
(飛鳥時代は楠の一木造り。広隆寺は赤松)

平安時代
ボリュームのある体型。
カヤ、檜の寄せ木造り。

鎌倉時代
リアリズム
寄せ木造り
(運慶は彫刻家、快慶は正面の調和重視)

って感じらしいです。

この日はほんとにいいお天気で、それに、お寺はアイドリング禁止なので、
バスの中はいつもホッカホカ。
なかなか冷えなくて(笑)
結構体力を消耗した一日でしたが、
参加者はまほろば検定の受験者が主らしく、濃い内容の講習だったと思います。

大和八木でバスを降りて、一路帰宅しました。

おまけ
文殊院にはコスモスの迷路があるんですが、境内にもいっぱい咲いてました☆
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これは聖林寺にあったアケビ。
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by nagiwi | 2009-09-04 08:57 | まほろば検定 | Comments(10)