風の中の小鳥

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「松阪屋京都染織参考館の名品 小袖展」

大阪市市立美術館で今日まで行われていた「松阪屋京都染織参考館の名品 小袖展」に行ってきました。
松坂屋は、現在は名古屋の百貨店ですが、
多くの百貨店に共通するように、江戸時代創業の呉服屋さんが原点で、
江戸時代の着物のコレクションがどっさりあるんですよね。
それらは門外不出だったのが、今回初めて見られるようになったって言うことで、
友人と二人で行ってきました。
大阪市立美術館は、天王寺にあります…・大阪の下町って感じでしょうか?
遠くに通天閣が見えますね。
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インフルエンザ騒ぎのせいか、それほどの混雑はありませんでした。
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松坂屋のコレクションは700点とも言われてるそうですが、
今回はそのうちの300点以上の小袖が三回に分けて展示されてて。
その数の多さと意匠の見事さ、色のきれいさ刺繍の素晴らしさ、それに加えて保存の良さにびっくり。
いや~、圧巻でした!
これはパンフレットにも載ってたんですが、素晴らしいデザインの枝垂れ桜に蹴鞠の小袖
小袖のサイズは、着丈も身幅も小さくて、子供用?と思うぐらいですが、
その中にそれはもう大きな模様が描き出されていて、その調和の見事さには
絶句。
小柄だから大きな模様の着物は似合わない…なんて思ってたのが間違いかも、
と思ってしまいましたわ~。
どれもこれもあまりに見事で、あまりにたくさんの小袖で、
全部見終わった時は、のどはカラカラ、足が筋肉痛になるかと(笑)
着物ってすごい!日本人の美意識ってすごい!
そして、職人さんってほんまに凄い凄すぎる、と改めて思った一日でした。

美術館の横には動物園があって、その横はビル街・・・
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この美術展は着物で行くと200円引きだったので、
大阪の割には着物姿の方が多かったですね。

一緒に行った友人です。
この日は暑かったので、単衣の紬姿。
季節にピッタリの青紅葉の模様が素敵でしょ!!
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私も単衣のお召しで行きました。
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まほろば検定体験学習プログラム

5月24日、まほろば検定の学習プログラム
「山の辺の道考古学講座~大和政権発祥の地を巡る」に
参加してきました。
午後12時半にJR三輪駅に集合すると、ゆずさんが!
もしかしたらお出でにならないないかな~と思ってたので、お目にかかって嬉しかったです☆
孫自慢をしあってる(笑)うちに三々五々参加者が集まって、
朝は曇りがちだったお天気も晴れてきました。
本日の講師は阪南大学教授の来村多加史氏。
2500分の1の詳しい地図をいただいて、ウォーキングが始まります。

まずは、大神神社の横の三輪若宮社へ。
ここはもとは「大御輪寺」と呼ばれた神宮寺で、廃仏毀釈後若宮社となりました。
どう見てもお寺にしか見えませんね~。
ご本尊だった十一面観音は、現在は桜井市聖林寺にある、あの十一面観音です!
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ちょろっと曲がって、大神神社の正面へ。
そもそもは山自体がご神体なので、これは拝殿。
徳川家綱によって三輪山を背にして建てられたそうです。
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ここから山辺の道に入っていきます…良い感じですね。
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ゆるい登り道を登っていくと、狭井神社に着きました。
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ここは「荒魂(あらみたま)」を祭る神で、病気を鎮める神として信仰されてるそうです。
境内には神水がわき出ていて、皆さん飲んでおられました。
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三山展望台からの眺め。畝傍山と耳成山しか写ってませんね(汗)。
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振り返ると三輪山が。
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このあたりには三輪山の祭祀遺跡があちこちにあるそうで、
その中の一つ、馬場遺跡を通って行くと、
あたりには、祭祀に使うササユリを栽培しています、との立て札が。
昔は山にいくらでも自生していたササユリですが、
最近は集めるのが難しい、と聞いたことがありました…

しばらく行くと、神武天皇聖蹟碑が。
「葦原の しけしき小屋に 菅畳 いやさや敷きて わが二人寝し」
これは神武天皇が大国主命の娘に求婚した時の歌だそうで
三輪山は大国主命そのもので、国の神、一方、神武天皇は天の神。
つまり、国の神と天の神の結びつきがここで有ったということなんですね・・・
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この道のどこからも三輪山が美しく見えます。
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このあたりは古墳だらけ(笑)
これは弁天社古墳の石室を覆う木の根。
ちょっとわかりにくいですが、大きな木の根が石室の石をまきこんでいます・・・・
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茅原大墓古墳。前方後円墳ですが、前方部が低いことから古い時期のもの。
ただ、巻向古墳群の中では新しい方だそうで、巻向古墳群は北部の方が古い古墳が多く
南にいくにつれて新しくなるそうです。
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ここからしばらくは急な上り坂・・・とはいえ、距離が短いので助かります~。
登りきったところに檜原神社が☆
それまで皇居に祭られていた天照大神を、ここ倭笠縫邑に遷し祀った所といわれており、
天照大神はその後あちこち転々とされた後、伊勢に落ち着かれたそうで、
ここはその最初の場所で、元伊勢と呼ばれてるそうです。
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これは三輪神社とおなじ三つ鳥居です☆
ここもご神体は三輪山なので、鳥居の向こうには何もありません
(三輪山がある、って言うほうが正しいのか?)
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三輪山から尾根伝いに下りていくと谷池があり、そこから、箸墓が目の前に見えます。
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そして振り返れば三輪山が。
このポイントは、丁度両方の尾根の真ん中にあって、
三輪山と箸墓しか見えないと言っていいぐらい、両方の視野がふさがれてて。
そう言う場所を選んで箸墓は作られたのかも?
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箸墓へ向かって歩いて行くと、いくつのも古墳が点在しています。
これ、なんだっけ?(汗)
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やがてスクーリングで登ったホケノ山古墳に到着。
ホケノ山古墳からも三輪山が見えますね。
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そして目の前には箸墓が。
ホケノ山からは石囲木郭が出土してます。
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ホケノ山の被葬者も、地域の首長と目されていますが、
箸墓はやっぱり大きさが段違い☆
周囲をぐるりと歩きましたが、ほんとに大きい!!
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箸墓は倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)墓として陵墓指定されてますが、
最近卑弥呼の墓の可能性が出てきて、結構人気がありますね(笑)
「昼は人が作り、夜は神が作った」と日本書紀にありますが、
その「神」はあの三輪山から、私たちの通った尾根伝いに降りてきたような・・・
闇の中をほのかな光とともに、白衣の行列が下りてくる…そんな風景が見えるような気がします…


半日歩いただけのエントリーに、三輪山の写真が4枚もあります(汗)
同じ山の写真を何枚も載せる必要はないかもしれないんですけど、
それだけ存在感があったということです…
この一日のウォーキングの、どこからもどの道を歩いても三輪山が見えて、
この地域に占める位置の大きさに改めて気付かされた一日となりました。

このあと桜井市埋蔵文化財センターまで歩き、この日の学習は終わりました。
やっぱりいろんなお話を聞きながら歩くと、認識が一層深まるようで
意義深い一日となりました☆

今日のお土産。
狭井神社のご神水と子持ち勾玉
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飛鳥周遊ウォーク

年に一度の飛鳥周遊ウォークが17日にありました。
今年は他の予定と被って参加できないと思ってたのに、
直前になってOKになって
しかも、天気予報では降水確率がほぼ100%だったのに、
朝起きてみたら、単なる曇り空。
これって、執念かしら?(笑)

飛鳥駅前で水野先生とご一緒になったので、
「今日はよろしくお願いします!ところで先生、手術なさったそうですが・・・」と
お聞きしたら
「いや、そんなん半年前の話です!全然大丈夫。それより指を怪我して」・・・
せんせ、手術から半年しか経ってないんですよね(汗)
それに、外傷より内臓の手術の方が怖いよ~な気が(大汗)
お願いですから、お大事になさって下さい!!

まもなく、かるほさん、りぃさん、ねこさんと合流!
水野先生と上野先生のご挨拶です☆
雲はあるけど、空は青空!
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「今回の資料の写真は写りが悪いですが、昔の大事な写真です。
写真は嘘をつきませんが、口はウソをつくので(をいをい)・・・・」
と水野節は快調にはじまって、極めつけは
「天気予報では雨でしたが、私の念力で晴れさせてます。
ただし、わたしはお昼まで。午後からは上野先生の責任ですからね」

はてさて、この一日、先生方の念力はどうなったでしょう(ニヤリ)

今回のテーマは
「甘樫丘から望む大和三山~謎多き飛鳥の古墳~」

飛鳥駅から猿石~欽明天皇陵~見瀬丸山古墳~植山古墳~菖蒲池古墳
~甘樫の丘(ここでお昼ごはんと水野先生、上野先生のミニ講演会)
~雷丘~飛鳥資料館で解散
と言うこコースです。

雨のせいかインフルエンザのせいか、参加人数はやや少ないような気もしますが、
歩き出すと長~い列ができるのは相変わらず。

歩き出して間もなく吉備姫王墓へ。

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ここには4体の猿石があるんですが、
この近くの字イケダから5体出土し、一体は高取城へと持ち去られたとか・・・
あん?それってこの間高取城の近くでみたあの猿石ね。
確かにそっくりです☆
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これは花崗岩なので、作成時期は巨石で有名な斉明頃ではないか…出土地点には敷石の広場があって、祭礼などが行われたのかも・・・
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というお話を欽明天皇陵の前で聞いてると、古代の飛鳥が眼前によみがえるようです…
欽明天皇陵は美しい古墳時代後期の前方後円墳。
欽明天皇は蘇我氏の堅塩媛を妃として、その死後は合葬されたという…明日香に新しい時代をもたらした天皇だそうで。

古い街並みの中を行くと微妙に雰囲気が変わって、明日香村から橿原市に入り
マンション(!)を目当てに歩いて行くと、見瀬丸山古墳につきます。
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この写真だと、段丘がはっきりわかりますね。
みんなぞろぞろと登って行きます~。
もちろん私も登りましたよ!

見瀬丸山古墳は全長310m、昔は円墳と思われていたり、一時は天武持統天皇陵とされたことも。
明治時代には、造幣局に雇われた英国人ガーランドが内部を測量調査、石棺があるのを確認しました。
その後、陵墓参考地とされて石室の入り口は封鎖され、立ち入り禁止になっていたのが、
石室に入る入り口が一部開いて、子供たちが入って遊ぶようになり、
1991年、その写真が市民によって撮影され、公開されて大きな話題となりました。
内部には家形石棺が二つ、それも、奥の方が手前のそれより新しい、という不思議な配置。
被葬者として、欽明天皇と堅塩媛が有力です。
・・・・・蘇我馬子のごり押し(笑)で、欽明天皇の石棺を一時どかせて堅塩媛を合葬し、
そのまま石室を閉じたんじゃないか・・・・せんせ、ご覧になったんですね~(笑)
で、宮内庁比定の欽明天皇陵は堅塩媛ので、じゃ、今は空っぽかも??

この近くには、推古天皇と竹田皇子の一時的な合葬墓か?とされる植山古墳があって
現在公園に整備中でした。
中には二つの石室があるそうです。

ここからは住宅地の中を歩くんですが、これがまあ、ずっと上り坂(汗)
上り坂はほんまに嫌いです(大汗)

景色が何だかしっとりしてきたなあと思ったら明日香村。
やっぱりね・・・・
天理教会の横の菖蒲池古墳につきました。
この菖蒲池古墳は、
藤原京の朱雀大路の南延長線上に築かれた横穴式石室を埋葬施設とする古墳
と説明にありました。
内部には、二基の他に例のない家形式石棺が備えられています。
…が、一基しか映ってませんね・・・この奥に縦に並んでるそうです。
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このころからなんだか空模様があやしくなってきたので、
菖蒲池古墳の前にある村営の屋根つきのゲートボール場に入れていただき、
早めの昼ごはんとなりました。
私の二人置いた向こうには、水野先生が♪
そして上野先生は・・・・五体投地ですか?それとも、アラーに祈りを?
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などとあたりの景色(?)を楽しみながら昼食を終え、
私とかるほさんは、持ってきた卒論集に水野先生と上野先生のサインをいただくことに成功☆
勿論、ねこさんとりぃさんにもサインをお願いして、

☆これで卒論集が完成した気がします☆

まだ降ってはいなかったものの、お天気の心配もあるので、
主催者の飛鳥保存財団の判断で、ここでお二人のミニ講演会となりました。

6世紀終わりから7世紀終わりにかけてのおよそ100年の飛鳥時代は、
仏教が伝来し、それに伴って、さまざまな技術が朝鮮半島を通じて日本に入り、
社会全体が大きく変化した時代。
それまでとはまるで違う建築物、宗教、概念、それからそれから・・・・
というお話を水野先生がしてくださったんですが、
じ、実は・・・・・・ちょっとお昼寝してしまいました…・うう、もったいなかった・・・・先生ごめんなさい・・・

水野先生はここでお帰りになって、上野先生のお話が始まったんですが・・・
なんとまあ!!
上野先生が話し始められた途端、ざ~っと雨音が!!!
しかも相当激しい(汗)
え~、水野先生が帰らはったから??
それとも、上野先生が雨乞いしはったん?さっきのお祈りはまさか??(笑)

本来なら甘樫丘で講演の予定だったせいか、最初は志貴皇子の
「采女の 袖吹き返す 明日香風 京を遠み いたづらに吹く」のお歌で始まりました。
この歌の歌碑が甘樫丘にはありましたね。

人や物を調べ語るのが考古学や歴史で、それを記したのが日本書紀や古事記。
そしてそこに生まれ始まった人の心の「あや」を歌うのが万葉集・・・

志貴皇子のこの歌には、都が移った後の藤原京と飛鳥との物理的、時間的、そして心の
三つの距離によってうまれた空しさ、さびしさが歌われています…

そして、神南備と神丘・・・魂が帰ってくる場所、信仰の中心だった飛鳥への思いが
「飛鳥川 川淀さらず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに」
という、山部赤人の歌に込められている、とも・・・・

このお話を甘樫丘で聞けたら、どんなにか良かったんでしょうけど
このお話の間中雨がザンザン(涙)。
甘樫丘と雷丘は中止して、一応解散になりました。
残念…
勿論、私たちは予定通り、飛鳥資料館でのキトラ古墳壁画展へと向かいました。
雨にけぶる飛鳥川
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これは何でしょう?花?実?
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主催者によると、待ち時間なしで入れるって言うけど、まさかねえ、
去年は三時間並んだよねえ、
と話しながら資料館に着くと、そこにななんと!!
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ウソでしょう!!

い~え、本当です…・ここまでご一緒くださった上野先生ともお別れして、
さほど待つこともなく、思う存分、青竜と白虎を見ましたわ~ん。
もうキトラの人気ってなくなったの?
前に白虎を見に雨の中を来た時、75分待ったし。
わ~ん、こんなん、はじめてや~。

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人気のない飛鳥資料館って、どうなん?

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これは、桜の実。
サクランボみたいには食べられないと思います。

降り続く雨の中を橿原神宮までバスで行き、ここで特急に乗るねこさんとお別れ。
かるほさん、りいさんと電車に乗ってるとなんだか雨があがってきて
お二人にお別れするころにはすっかりあがってしまいました…

お天気に左右された飛鳥ウォークになりましたが、
主催者の判断が良くて、昼食を屋根のあるところで食べられたし、お話もきけました。
あのまま甘樫丘まで行ってたら・・・みんなずぶぬれで食事と講演会ってことになってたでしょうね。

良かったわあ☆
水野先生、上野先生、雨に濡れながら走り回ってくれた奈良大生の皆さん、
主催の飛鳥保存財団の皆さん、
ホントにお世話になって、ありがとうございました。

しかし、水野先生の念力ってほんまにすごい!
またファンになってしまいましたわ~ん☆
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着物いろいろ

袷の着物シーズンもそろそろ終わり。
六月からは単衣と言いますが、私は五月に入ったらもう単衣に着替えることが多いですね。
紬やお召しの単衣なら四月の末でも暑かったら着たりします…・
これは去年の秋から今年にかけて、一番出番の多かった組み合わせ。
帯締めと帯揚げは季節によって変えてます。
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この着物は、さまざまな地紋が組み合わさってできた生地に、
その地紋に応じた模様を染めてあるという、結構手のかかったもの。
これを着てると、「似合う」とほめられることが多いお気に入りの一枚です。
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生地を拡大してみました。
光って浮きあがるってるのが地紋です。
地紋と模様があいまってなかなかきれいなものでしょう。

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この帯は組み紐を組むように織り上げてあって、組帯と呼ばれています。
そのせいで、しなやかで皺に成りにくく、とっても締めやすいんですよね。

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卒業式にも締めてました。
普段のお出かけにも、正式な場所にも、すんなりあってくれるので、とっても便利です。
アップにすると糸が組んで編まれたようになってる様子が分かるかな。


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これは卒業式に来たぼかし染めの訪問着(?)付け下げ(?)
一応肩にもぼかしが入ってるので、訪問着かもしれません。
結婚した時に持ってきた着物の染め直しです。
もとはサーモンピンクのぼかし染めでした。
こういう裾ぼかしの着物は、訪問着を着る必要のあるところにも着られて
しかも正式になりすぎず、少し控えた感じが出るので、
とても着やすいです。
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これはカトレアの地紋です。
色目は地味ですが、光った地紋が華やかさを少し足してくれてるかな、と。
実際の色目はもう少しあいまいですね。
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昨夜

HV特集の「阿修羅!三つの顔の謎に迫る」を見てたら
文化財修復学のスクーリングでお習いした山崎先生が
阿修羅の再現をやっておられました~☆
スクーリングで木そ漆(もどき)を使ってお面を作ったことを思い出しながら
興味深く見ました。

山崎先生は、阿修羅の独特の表情は意図的に曖昧にしてあって、
それによって見る人の感性を刺激し、自分だけの阿修羅を感じるんじゃないか、と。
そして、その表情は、眉と目元が特徴的で、特に下瞼の表現が独特だっておっしゃってました。
唐招提寺の本尊の乾漆盧舎那仏坐像の漆片の研究から
阿修羅の木そ漆には楡の木の粉が使われたんじゃないか、って。
楡の木の粉は粘りけが強くて、
阿修羅の下瞼の微妙な膨らみを再現するのにぴったりなんですって・・・

他にも、顔学の先生(すいません、確か原先生だったかと)の
「阿修羅の三つの顔の三つの表情は人間の成長をあらわしてる」という説も
大変興味深かったです!

次回のスクーリングでは、きっと阿修羅の再現のお話も出るでしょうね~。
良いなあ、こっそりスクーリングにもぐり込んじゃおうかな~(笑)
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手編みの帽子

アフリカでは日差しがとてもきついそうなので、帽子を編んでみました。
この糸はアンダリヤって言う名前の、レーヨンの糸。
肌触りが冷たくて、夏用ですね。

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何冊か編み物の本を立ち読みしたんですが、子供の夏の帽子って、
ほとんどのってなくて。
仕方なく適当に編んでみました。
実はこの前に一つ編んだんですが、かぶらせてみたら入りませんでした(汗)
私のプリンセスはどうも頭が大きいらしい(大汗)
これも、編み始めた時より大きめに修正して出来上がりました。
試行錯誤しながらなので、網目が一定しなくて、あんまり綺麗な出来とは言えませんが、
色がアフリカ的(笑)で鮮やかで良いんじゃないでしょうか。

小さなバッグとお揃い☆
女の子はいいですねえ☆☆☆

日本にいたら、冬のセーターとか、もっといろいろ編めるのに
アフリカでは・・・・ね。
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ばあば業で大忙し

連休後半は、もうすぐアフリカへ行く孫二人とお嫁ちゃんが
泊まりがけで遊びに来てくれることになって、
じいじとばあばは大喜び☆

一日目の三日は庭でバーベキューをして、
都会のマンション暮らしの孫に家庭菜園の収穫をさせよう、
梯子をかけて屋根に登らせたら喜ぶかな(夫も息子たちも、何故か高いところが大好き)
あの子は庭に水をまくのが好きだよね、
夜は花火をして、
お風呂では思う存分水遊びをさせよう
四日は夫はゴルフだから、
奈良公園に行って、鹿のしっぽをひっぱらせて(をいをい)
「夢しるべ風しるべ」の「鉄道ジオラマビュッフェ シルクロードの終着駅」で
模型電車の運転をさせよう

と、超盛りだくさんな計画を立てました!

おかげさまでお天気もそこそこ良く
長男夫婦も来てくれてメチャ盛り上がり☆
ワインが三本と日本酒とビールが十数缶あきましたわ・・・・・

水遊びの好きな彼は、庭に水をまくのがいたく気に入ったようです
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すごく危険な花火!良い子の皆さんはまねをしないでね~(笑)
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いつもは八時に寝る彼も、この夜は九時半まで起きてました。
記録的だそうです(笑)

4日は奈良公園に行ったんですが、
念願の鹿は、連休に食べすぎで、何をされても目を開けませんでした…・
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このあと、ジオラマで4時間にわたって模型電車を運転してました・・・・・
かなり血中鉄分が高そう(汗)

西大寺の駅で、お嫁ちゃんの実家へ帰る三人と別れたんですが
電車が発車するまでずっと、「また天理へ来させてな、名古屋へ来てね、また来てね」と
何度も何度も繰り返し、手を振り続けてくれました…・
なんだかね~切ないです…・

で、フル回転の結果、ばあばはその後数日間、ひたすらへたり込んでおりました~。
もうあかん~、へろへろどす~(笑)
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