風の中の小鳥

<   2006年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

夏期スクーリング

第三弾
日本史特殊講義が明日から始まります。

8月も今日で終わり、明日から9月。
さすがに暑さも衰えてきたみたいですね。

卒論に備えて読書の秋の始まりです・・・・食欲の秋にならないように気をつけなくちゃ(笑)。
[PR]

一週間ほど前

着物で、京都は嵐山にお出かけしてきました。
お茶席や太鼓の演奏、軽いお食事の付いた、着物好きの人の集まりだったんですが
昼食時間頃から激しい雷雨(汗)
でも、帰る頃には雨も上がり、少し涼しくなってました。

仕立て下ろしの絹芭蕉の付け下げに夏帯。
d0007913_13362421.jpg

薄紫の着物には松葉と松ぼっくりが刺繍されてます。
d0007913_1337233.jpg

紫と緑、と言う私の一番好きな組み合わせ☆
帯は少し銀が入っています。
薄色同士の組み合わせでぼやけそうだったので、
帯締めは濃い紫と抹茶色と白にして、引き締めを狙ってます。

本人は暑かったですけど、見た目は涼しそうだったようで、
いつもは夏の着物姿に批判的な夫の評判も、なかなか良かったです☆
[PR]

最終日です☆

教室に入ると、前のテーブルに今日のレジュメと出席票があります。
これって、いつものことなんですが、
今回のスクーリングで配布されたレジュメは、全部で40枚以上!
これまでの最高ではないかと思います・・・・中身が濃いってことですが、
それは同時に付いて行くのが大変だ、ということも意味するわけで(汗)
今日は特に全速力ででダッシュ!ってかんじで、それに加えてテストもある(大汗)

午前中も午後も、休みなしの一日で、さすがにちょっと疲れましたわ~ん。

今日は、教室の前に、先生がご自分のお寺から持ってこられた密教の仏具類が、
しっかり鎮座してます。
ですが、その話の前に昨日の残りの墓制の話を少し。

平安時代は村落の中にあった墓が、鎌倉時代になると、
村はずれに共同墓地ができてくる。
これは、それまで村の大半を所有していた名主が、
権力が分割されることによって弱体化し、合議制が発生したからで
これが惣村制ですね。
その結果、葬式や墓地も共同になり、共同墓地が出来ました。
これを惣墓、もしくは郷墓というそうです。
面白いなあ☆

で、休みなしに、仏具のオハナシ。
舎利塔に始まって、見たことあるのや無いのや、いろ~んな仏具を指し示しながら、
息つく暇もない速さでご説明があります。
d0007913_23281682.jpg
難しい漢字が読みにくいし、どれがどれだかわかんなくなってます・・・
ここには写ってないけど、「雲板」って言う雲形の叩き板みたいなのが好きでした~。良い音!
d0007913_2329812.jpg
これは水瓶(すいびょう)と錫杖・・この錫杖は、儀式用だから短いですね。
説明の後は駆け足でスライドを見て、お昼ご飯です。

食堂でかるほさんと会ってご飯を食べてると、
流水さんとNさんにお目にかかりました。
アルコールが入ってないと、なんか雰囲気違いますね~、流水さん(笑)

午後からは、曼荼羅について。
これって、ほんとは膨大な内容で、とってもサ~ッとなぞるなんて無理なんじゃ?と
不安な私・・・・実際、分かったような、分からないような(汗)。

でも、とりあえずテストの範囲は終わり、引き続き、試験です。

テスト内容は、授業に沿ったもので、問題の多くは既に頂いたプリントどおり。
授業のノートやレジュメをひっくり返しながら、大急ぎで書きました。もう必死でした~!
テストの出来栄えや、如何に???
焦った分、不安やわぁ・・・・

テストが始まる頃(3時)から、雨がぽつぽつ降り出してきたので
大急ぎでバスに乗り込んで帰宅、
とりあえず、
大忙しだったスクーリング第2週が終わりました。

出来れば、もう少しゆっくりしたペースで、先生の余談を聞きたかった・・・・

今週末は「日本史特殊講義」。サプリメントでも飲んで、体力を回復させなくちゃ!
[PR]

二日目です☆

今日のメインは、経塚について。

経塚って言うのは、経文を書いたものを、有縁の地・霊山・霊地・墓所などに納めたもの。

で、最初は「埋納の経塚」

これまでに発見された経塚遺物の中で一番古いものは、
1007年に藤原道長が金峰山寺に埋納したもので、
これって、御堂関白日記にもその記述があり、
経筒の銘文からは、
法華経・無量義経・観音賢経、がワンセットになって入っていたことが判る。
平安時代、天台宗は平安貴族のバイブルのようなもので、
極楽に行くために、と貴族たちはこぞって華やかな如法経会(写経会)を催し
法華経を経塚にと埋納した、らしい。

で、こんな経塚人物相関図が(おいおい)(笑)

慈恵大師良源は、藤原道長の父藤原良房を教化、
良源の弟子覚運は、藤原道長を教化して、金峰山寺で
同じく良源の弟子覚超は、道長の娘紙東門院彰子を教化して、横川如法院で
それぞれ多大な費用をかけて如法会をおこなわせたんですね~。
藤原氏がやれば、もちろん他の貴族もこぞって、となる訳でしょう、やっぱり。

ま、早い話が、天台宗が法華経を書写し納経させるために、
「これをやれば極楽にいける」と貴族を脅した????
わ!こんな言い方、人聞きが悪いかしら(笑)

やがて貴族の没落と共に埋納は廃れ、
納経の経塚や一石経の経塚が主流となっていった・・・
一石経の経塚は江戸時代まで続いたので、探せばあなたの身近にもきっとある、そうです。

午後からは石造塔の色々やお墓の話。
お墓の形にも流行があって、一斉に流行りだし、一斉に変化するらしいよ。なんでかなあ。

で、木下先生は、余談が楽しい☆
仏教は女性差別の宗教ですから、とか、西国33箇所がなんで33箇所か知ってる?とか
石墨草筆とか、梵字とか、戒名とか、
ニコニコしながらチクリ☆こういうの、好きです☆
明日はテストがあるんですが、テストの問題もちゃ~んと教えてもらいましたし(にっこり)。

実は私、最後の方は気もそぞろ。
それというのも、空の一部がなんだか黒っぽくなってたんですよ~。
きっと雷雨が来るに違いない!と思って、さっさと帰宅しました。
予想通り途中で雷がなりだし、どこかで落雷したらしく停電、電車が止まった!ガ~ン。
が、それも束の間
ほんの数分で回復、最寄り駅に着いたら、かすかに雷の音と雨の気配はするものの、
まるっきり大丈夫、ほんの数滴雨が降っただけでした。
助かったわ~ん♪

少し降ってくれたらよかったのに、と思ってしまった身勝手な私でした(ペコり)。
[PR]

仏教考古学が

始まりました。

朝夕はそれなりに涼しいなあ、と思ったものの、
高の原に着くころには相変わらずのカンカン照り。
今日は仏教考古学を含めて7つのスクーリングが有るし、
これだけ暑いとさすがに歩く人も少ないし、で、バスは満員でした。

仏教考古学の木下先生は、ご自身も高野山大学の通信制の大学院生ですって!
あっちで学んで、こっちで教える・・・・って言うか、あっちで払って、こっちで稼ぐ??(笑)

仏教考古学とは、仏教に関わる遺跡遺物を考古学的方法で研究すること、なんだけど、
その歴史は明治以後に始まったばかり、
体系的に深まってきたのは、石田茂作先生以後30年余りとまだまだ浅く、
この分野で頭角を現すのは、弥生文化で一流になるよりずっと易しい、そうです(笑)。
面白い先生やわ~♪

研究史の概略を学んだあとは、古代瓦について☆

日本のように、木造の建築物中心の遺跡では
燃えない、朽ちない瓦は遺跡を知る大きな手がかり。
その模様を辿ることは、歴史的な背景を知ることに繋がる。

と言うわけで、先生は沢山の瓦や拓本を持ち込んでくださったのに、
私、今日はカメラも携帯も忘れて行ったんです~(涙)。
平城京の瓦や、鬼瓦や、面白いのが一杯あったのに・・・・
見てくださってる皆さん、申し訳ありません~(ペコり)

で、気を取り直して、と。

瓦が始めて日本で焼かれたのは、日本初の仏教寺院・飛鳥寺の建立のとき
日本書紀に百済の国から瓦博士がやってきた、と言う記述がある・・・
ウン、これは知ってる。

瓦には、丸瓦、平瓦、軒丸瓦、軒平瓦、堤瓦、などがあり、
平瓦はその製法上、内側に布目模様、外側には叩き目が付いていて
布目瓦と呼ばれています・・・これって、奈良公園に落ちてたヤツやわ。
瓦は登り窯もしくは平窯で焼いたんですが、大量生産のためには、
瓦用の粘土、燃やすための大量の薪、瓦を練る為の水、そして高度な技術力が必要。
奈良大辺りは瓦窯にぴったりの場所ですね。

配布された資料には様々な瓦がプリントされてて、見てると楽しい☆
軒丸瓦や平瓦、鬼瓦など、古い時代のものは素朴で暖かく、力強くて、可愛い~。
瓦の瓦当の模様によって、時代区別が可能です・・・・・
(とは言っても、ぱっと見て分かるのは飛鳥寺の瓦と法隆寺ぐらいです、はい)(汗)

木下先生は若い時から瓦がお好きだったそうで、とても楽しい授業。

藤原京の瓦と同じタイプのものが三重や愛知に広く分布していることから、
これらの地方が壬申の乱のとき天武天皇に味方して近江を攻めたことが伺える・・・・
瓦の模様からいろんなことが判るんですね☆
その他にも、だれかれの噂話や、
本居宣長まで騙された江戸時代の偽物作り名人の話、
拓本の取りかた、などなど、興味深いお話が満載でした~♪

最終日にはテストがあるそうなんですが、
その答を授業の最後にちゃんと教えてくださって、
それに持ち込み可だそうで、ほっと一息(笑)。

時間通りにきっちり終わったんですが、バス停はすごい人でした・・・
暑い中を歩くの嫌やし、でしょうね。

明日は忘れ物のないように行きます。
[PR]

夏のスクーリング

第二弾が明日から始まります。

私が受講するのは「仏教考古学」

スクーリングに備えて、今日は一日ゴロゴロして体力回復に努めてたので
うたた寝することなく
受講できると思います・・・・出来たらいいな(笑)

明日また食堂でお目にかかりましょうね!
[PR]

三日目です

さすがに今朝は起きにくかったし、その上、朝からカンカン照り!
お出かけが昨日でよかったなあとは思うものの、この暑さにはげんなりです。

さて三日目は、弥生文化研究の歴史について。
当初、弥生式土器と縄文式土器の違いは、それを使っている人種の差だと思われていたが、
大正に入って弥生文化の研究が盛んになり、昭和にかけて大きく花開いたことを、
研究者の業績とともに学んでいきました。

中でも先生が力を入れて語られたのは、桜井市出身の森本六爾。
学歴の無い在野の青年学者が、妻の力添えを受けて、渾身の力を傾けて「弥生農業社会論」を展開し、力尽きて亡くなった・・・・・
プライオリティを無視したそのやり方には多くの批判があったようですが、その研究は今日の弥生文化研究への大きな一歩となっています。

研究の成果もさることながら、私が印象深く感じたのは、彼がとても若かったこと。
奈良から東京へ出たのが21歳、死に至る病を得たパリへの留学が20代の終わり、「弥生農業社会論」をものしたのが30歳、そして32,3歳で死去しているんですよね・・・・うちの息子とあんまり変わらない(汗)。
長生きしたら、どんなに沢山の業績を上げたことでしょう。
死なねばならないと知った時は、どんなに悔しかったことでしょう。
若い人の死は、とても痛ましく思われます・・・・・・

で、午後からは・・・・自習・・・・・????なんで?????
先生は「時間が足りない」と仰ってたんだし、もっと講義をして欲しかった・・・・
散会した後で「抗議したら良かったなあ」と思ったけど、後の祭り。
もう少し、講義計画を考えて欲しかったなあ。
欲求不満が残った一日になりました。

ま、図書館で本を探せて、それなりに有意義な午後ではありましたけどね・・・・
[PR]

二日目続き~

学外スクが済んだ後、二日目のメインエベント(おいおい)が待ってます。
そうです!
あの幻の木の茶の間にいくのだ!

待ち合わせは近鉄奈良駅の行基の面前(笑)。
唐古鍵からのバスの中から、りぃさんに「奈良駅に向かって出発しました」とメールして
奈良駅に定刻どおり到着。
一台前のバスに乗ってたゆずさんと、
りぃさんのお友達の??さん(ハンドル決まりましたか~?)(笑)と合流、
三匹の猫さんとも程なく会えて、食料品と飲み物を仕入れ、さあ、出発~♪

かるほさんの頼もしい先導のもと、
初めてお逢いした??さんや三匹の猫さんとも、あっという間に打ち解けて
あれやこれやお喋りしてる間に、着きましたよ~ん、木の茶の間☆

もし戸が閉まってたら、蹴破ってでも入ってやる!と固い決意だったんですが(笑)
もちろんそんな必要も無く、
木の茶の間の玄関は、からりと開け放たれていました。
☆ああ、ここって幻じゃなかったんだわ☆

初めてお逢いした丸さんは、明るく楽しくほんわか~。
木の茶の間は、懐かしい昔の日本を思わせ
みぴさんからはバラの花かごが届いてるし

なにより、沢山の通信生のお仲間が!!!
私たちでしょ、流水さんでしょ、それからえ~っと、
あの方でしょ、この方でしょ、~っと(笑)・・・・
全部で何人だろう?15人ぐらい???
軽く自己紹介して乾杯して、後はもう、ワイワイガヤガヤ、お喋りやら笑い声やら。
途中から、木の茶の間の常連さんの可愛いお嬢さんも加わり
すっかり出来上がってるみたいな朱雀さんも到着して
真面目な話、ためになる話、あほな話、そのほかそれはもう色々な会話が飛び交って
楽しい、楽しい、楽しい、って、何度言っても足りないぐらい
楽しい時間が過ぎていきました。

8時半ごろには「そろそろおひらきに」と声がかかって。
(明日もスクーリングが有るんやもん。でも、その判断が出来る私たちって、大人だわ~ん。)(当たり前じゃ~、と陰の声)(笑)
またの再会を固く約束して一本締めをして、さよならです・・・・・・・・

荷物を取りに上がった二階には、涼やかな夜の風が吹き渡って、
昔の暮らしの豊かさを思い出させてくれました。
ここで昼寝がしたかったというかるほさんの気持ち、とってもよく解りました~。
思いっきり飲んで、あそこでお泊りしてみたかったなあ(笑)。
??さん、今度は思いっきり呑みましょうね(笑)

帰り道は、みんな行きよりもっと仲良し。
ブログでお逢いしたり見てくださってる方と、始めてお逢いして、
でもちっとも初めての気がしなくて。
ネットはほんとに不思議ですね・・・・

☆とっても素敵な一日でした☆
が、
丸さん、後片付けをほっぽりだして帰ってごめんなさいね。

それから、ヒゲさん、とっても素敵でした~、うっふん♪
[PR]

文化財学購読Ⅱ二日目

今日は学外スクーリング。
唐古・鍵遺跡と巻向遺跡群を尋ねる予定ですが、人数が多すぎるせいでしょうか
2班に分かれて、午前と午後でローテーションです。
私は午前中に巻向へ、午後から唐古鍵へと行きました。

現地参加を却下されたので大学に集合して一路桜井へ向かうと、
バスは途中、我が家の横を通りました。やっぱりね、通ると思ったわ~ん(笑)。

巻向の地は、それまで弥生時代の集落が殆ど無かった所に、突如として大きな集落が形成され、発生期の前方後円墳が沢山築造されたという、不思議な場所。
箸墓やホケノ山古墳など、大王墓の可能性を持つ古墳が幾つか存在しています。
最初は、箸墓。
「昼は人が作り、夜は神が作った」と言う不思議な伝説を持ち、
全長280メートルもある巨大なこの古墳は、卑弥呼の墓かも、とも言われて
注目を集めています。
d0007913_231242100.jpg
大きすぎて全景が入ってませんね・・・
d0007913_23132544.jpg
ホケノ山古墳に登って箸墓を見たところ。
今日は日差しは弱くてそれなりに風もありしのぎやすい・・・とは言え、少し歩くと汗だく。
バスに戻るとやれやれ・・・で、次は、桜井市埋蔵文化財センターへ向かいました。市民プールの水がまぶしい(笑)
d0007913_23135393.jpg
埋蔵文化財センターの展示品は、旧石器時代から飛鳥奈良時代にまで渡っています。
展示品の中で一番驚いたのは、弥生時代の若い女性が埋葬されたままの姿で発掘展示されていたことかな・・・。
これは三輪山の祭祀遺跡から出土した子持ち勾玉など。
d0007913_23144100.jpg
三輪山と大鳥居。この横で、上野先生ご推薦の「みむろもなか」を買いました☆

バスの中で昼食をとりながら唐古・鍵ミュージアムへと向かいました。
唐古・鍵遺跡は、40万haを超える大規模な環濠集落で、巨大な環濠に囲まれて、弥生から古墳時代にかけて、およそ600年余り繁栄たそうな。
このミュージアムは2004年の出来た新しいもので、なかなかいい感じ。
はじめに学芸員さんのレクチュアを受けた後、展示室に向かいました。

これは見事な翡翠の勾玉☆色と言い、大きさと言い、素晴らしい、の一言です。
勾玉の右側にあるのは褐鉄鉱。
粘土の回るに鉄分が集まって固まった後で、中の粘土が縮んで出来たもの。
勾玉二つはこの中に入った形で出土したそうですが、中国ではこの褐鉄鉱は神仙思想とも合い通じるらしい。
なんだかこの環濠集落と大陸との交流をうかがわせますね。
d0007913_23141377.jpg


この遺跡には銅鐸製造工房があったらしく、土製の銅鐸の鋳型が出土しています。
この写真は銅鐸の製造を再現して制作されたもの。
d0007913_23142220.jpg

この他ミュージアムには、見事な石器や角製の針、絵を描いた土器、など、目を奪うような数々の出土品が展示されていて。
大変見ごたえがあって、もっと見ていたい気もしました・・・・

これは唐古池のほとりに立てられた、楼閣風の高層建築。土器に描かれていた絵を元に想像復元されました。
d0007913_2314316.jpg


唐古.鍵遺跡は国の史跡に指定され、整備が始まろうとしているそうです。
このあたりは、一面の田んぼの下、50cm掘るともう弥生時代の土壌なんですって。
唐古鍵遺跡のほぼ中央に立って辺りを見回すと、
この地面のすぐ下に眠っている翡翠が私を読んでるような気がする(笑)
どれほどの遺跡や遺構があるのか、これからの発掘が待たれてなりません。

これで今日は終わり・・・じゃなくて、木の茶の間さんでの楽しいコンパが待っている、
んですが
今日のレポートはここまで、残りは明日にします~。
何しろ、明日もスクはあるのだ・・・・・
[PR]

文化財購読Ⅱのスクーリングが

始まりました。

九州に台風が来てるそうで、今朝は久しぶりに曇り空。
気温も少し低めで、ありがたい☆

高の原の駅でバスを待つ人数が多い割りに、見知った顔が少ないのは、
10月生、2006年度生、と新しく入学された方が多いからでしょう。
早い話が、私って先輩になったわけです。なんか偉そうだわ~(笑)

C102の教室は、例のごとく前のほうから満席、受講生は230人ぐらいでした。

今回のスクーリングの担当は、弥生文化博物館に関わってこられた石神怡先生。
この夏現場に出ておられるのでしょうか、見事な日焼け・・・・

午前中は、
日本で文化財保護が国レベルで始まったのは明治以後であったこと、
そしてそれは、
明治維新以後、政府の精神的な支柱として神道が重用され、「天皇制国家を確立する為に、天皇の為のもの、天皇の作らしめたものを保護する」という、明治政権の権力確保の道具として文化財が利用された、と言う側面と
大英博物館の強い影響を受けた町田久成によって計画された「近代国家の開明的な博物館を」という側面を持っていた・・・・
だよね~。天皇陵って結構無茶な決め方してるしなあ。

第二次世界大戦後は、文化財は国民のためのものであるという認識の下、文化財保護法が制定されたが、経済的な発展と共に、様々な問題が・・・・しかも、昨今は行政改革と共に、ますます色々・・・う~ん、一難去ってまた一難、か・・・・

と思いつつ聞いていると、先生には申し訳無いながら、軽い眠気が。
お昼休みになった時にはほっとしましたが、午後からはもっと眠かった(先生、ごめんなさい)
でも、先生が、日本初の大博物館を作った町田久成と言う人に、深い愛着を抱いておられることはよく解りましたし、ひたむきに博物館を作ろうとした人がこの時代にいたことに感銘を受けました。
明治って言うのは、若い時代で、いろんな思惑と人間関係で政治が成り立ってたんだなあ。

最後は、博物館の現状と課題。
常設展の問題点、特別展の開催について、博物館のこれからの課題、などをスライドや表を使いながら生き生きと語られ、聞いてる私の眠気はどこへやら。
博物館を育てるのは訪れる人の力。
これからはアンケートにも、本音を書こう、と思った私でした。

で、明日は学外スクーリング。
唐古・鍵遺跡と巻向古墳群に行きます。
ここはどっちもうちから近いので、学校へは行かずに現地へ直接行きたいんですが、合流場所がわかりにくいそうで、現地参加は却下されました(涙)。

明日は午前中は雨模様だそうです。
曇りで、涼しい風が吹いて、雨が降らなければいいなあ、と勝手なことを言いながら帰宅しましたが、明日のお天気はどうだろう?
[PR]