カテゴリ:奈良( 93 )

7月1日は

いつも私のブログを見てくださってる
お洒落狂女」のりらさんがご家族と一緒に帰国され、奈良にいらして下さったので、
一日ご一緒させて頂きました☆

りらさんはアメリカ在住でらっしゃるのに、生活の中で自然に着物を着ておられて
その様子を私もいつもブログで拝見させていただき、
是非一度お目にかかりたいと思っていたので、
今回奈良に来ていただけてほんとに嬉しかったです~♪

ご主人と二人の息子さん、そしてご長男のお友達、と言う5人さまご一行(笑)。
ありがたいことに、アメリカ人のご主人も二人の息子さんも、日本語バッチリ!
日本語で説明したら、金髪のお友達くんには、誰かが通訳してくださいますし、
何より皆さん、ほんとに素敵☆
りらさんは、ブログで拝見したそのままの知的ではつらつとして、エネルギッシュな感じ~♪
それに、静かで優しそうなご主人、長男さんTくんはハンサム、
次男のKくんはオメメがカワユイ☆
そしてお友達のR君は、日本の文化に興味津々。
ティーンエイジャーの男の子3人にとっては、
奈良のお寺なんてつまらないんじゃないかなあ、と心配してたんですが、
皆さん、結構楽しんでくださったようで、ほっ。
一番熱心に説明を聞き、写真を撮ってたのがRくんでした・・・・・

この日は、日が差すことがなかったので、比較的過ごしやすくて助かりましたが、
しかし、奈良は歩かせるのよね・・・・
普段あんまり歩かない米国の人には相当辛かったと思います(ペコリ)

ルートは私のいつものコース、
南大門、大仏殿から 鐘楼、二月堂、三月堂、正倉院、戒壇院を回ったんですが、
正倉院が閉まってました・・・・日曜なのをうっかり忘れてたんやわ(がっくり)。
正倉院見せたさにぐるっと歩いてもらったのに、ほんとに申し訳なかったです・・・・

お昼ごはんは依水園の三秀亭で。
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依水園のお庭を見ながら畳に座って麦トロご飯です。
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りらさんご家族は、納豆も大丈夫だそうで、
ずるずる上手に召し上がってました(笑)
R君も、まあ、何とか大丈夫だった・・・と思います(笑)

息子さんたちが喜んだのは、やっぱり奈良公園の鹿。
それは、珍しいですよね、向こうから寄ってくる野生の鹿なんて~。
今はまだ袋角の時期なので、
角にそっと触ると柔らかなのも気に入ってもらえたみたいで、良かったな。

昼食後はりらさんのご希望で、法隆寺へ向かいました。
世界最大級の木造建築である大仏殿と、世界最古の木造建築群のある法隆寺を
息子さんたちにお見せになりたかったんですね。
米国に居られても、日本人としてのオリジナリティーを大事にお子さんたちを育て、
ご自分も暮らしておられる・・・りらさんって、ご自分の信念をきちんと持って
毎日を大事に生きておられるようで、
お話させていただくのがとても楽しかったです!

で、ここ法隆寺の宝物館でも、
息子さんたちは熱心に英語の説明を読んで展示物に見入ってて。
日本人の修学旅行だとさら~っと見て回るところを、じっくり時間をかけておられました。
えらいよねえ。

宝物殿を出たらもう5時で、法隆寺は閉まってしまいます・・・・
しかも、境内でのんびり座ってる間にバスがなくなって、
タクシー乗り場まで歩いていったら、タクシーもいない!
運転手さんの詰所らしいところにも誰も居ない!!
やむなく、りらさんと二人で詰所の扉を開け、「すいませ~ん」と声をかけたら
奥から出てきたオジサンが「タクシーですか?」
はい?
タクシー乗り場でタクシー以外の何を頼むというの?!(笑)

さすがに田舎のタクシーはのどかよねえ、とりらさんと顔を見合わせて大笑い。
やがて来たタクシーとJRに乗って奈良まで戻り、
近鉄奈良駅までまたブラブラ。
さすがにご主人まで足が痛かったらしい(汗)

蒸し暑さの中、散々歩かせて
皆さんをどっと疲れさせた一日はこうして終わったんですが
私としては、もっとりらさんとオハナシしたかったような。
りらさんと言う方の、中身のぎっしり詰まった引き出しをもっと色々見たかったような。
そんな気持ちになりました・・・

皆さんを無事京都行きの電車に乗せてお別れのとき、
電車の中から皆さんがニコニコといつまでも手を振ってくださって。
最後まで見えてたK君の笑顔が心に焼き付いています。

みんな奈良を少しは好きになってくれたかしら。
そうだと良いなあ☆
大人になってまた来てくれたら嬉しいな☆

楽しい一日をほんとに有難うございました。

今日のブログに写真が少ない(殆ど無い)のは、
私が写真を撮るより、りらさんとお喋りするのに忙しかったからです(笑)
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by nagiwi | 2007-07-03 14:39 | 奈良 | Comments(4)

富本憲吉記念館

今日はかすみさんに誘っていただいて、
かるほさんとご一緒に富本憲吉の生家を訪ねてきました。
かすみさんが、富本憲吉の弟子であられた陶芸家の○領さんと知り合われて、
今は記念館になっているここを案内していただくことになったんです。
京都時代の弟子だった○領さんは、富本憲吉を深く深く敬愛しておられるご様子で、
それは熱心に、その人となりや作品を語ってくださいました。

富本家の大和風の長屋門。
馬に乗って潜れるように大きく作ってあるそうです。
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門を中から見たところ。敷地は1000坪ほどでしょうか。
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門内には、土蔵を改築した陳列室や、改築された母屋、戦後過ごした離れなどが点在し、
花や木が自然のままに生い茂って、ひなびた風情。

近代陶芸の父として名高い富本憲吉は、1886年奈良県安堵町の旧家に生まれ、
幼時から神童と呼ばれたそうですが、長じてロンドンに留学し、
バーナード・リーチの知遇も得て、陶芸の道に進みました。
バーナード・リーチと富本憲吉。今見ても、心奪われる風貌ですね・・・・
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奈良出身の有名な陶芸家として名前だけは知っていても、
その作風や作品を詳しくは知らなかった私は、
若い頃(大和時代)の作品を収めた蔵を改築した展示室に入って驚きました。
大和の山や川、草木をモチーフに、おっとりと暖かく、長閑で。
この壷の絵の、なんと柔らかに暖かなこと・・・
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英国留学の帰途、立ち寄られたエジプトをモチーフにした作品。
とってもモダン!
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英国留学で、それまでの様式的で「晴れ」の場のための陶芸ではなく、
生活の中でこそ美しい物を使わなくては、との思いから陶芸家になった富本憲吉は
杯、ご飯茶碗、湯のみ、コーヒーカップ、それはもう様々な生活用品を作っておられます。
これは、陶製の印鑑!
一番小さいものは、小指の先ほどの大きさで、でも、なんとも美しく彩られて。
これまでに、これほどかわいい印鑑を見た事がありません・・・
売るためでも、人に見せるために作ったのでもない、
家族や親しい人のために、愛情を込めて楽しんで作った、と言う思いが伝わってきます。
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富本憲吉はまた、どくだみ、ざくろ、あざみ、しだ、定家葛など
身近なありふれた草花をスケッチし、作品にしています。
この陶板のモチーフは、庭のざくろの花。
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庭には今もざくろが植わって、今が花盛り。
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大きな美術展には出品されないような、日常を彩った作品がほんとに沢山。
500円玉ほどの大きさのこれはなんだと思いますか?
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小鳥の餌入れなんですって!
この人にとって、作ることは楽しみそのものだったんですね・・・
「なんて幸せな小鳥!小鳥になりたい」とかすみさん。

帯留めやカフスボタンまで手作りです。
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ほしい・・・と言う言葉が思わず口から(汗)。もう、溜息のつきっぱなし。

もちろん、こういうのも有ります。
これは、晩年の京都時代の作品で、煎茶器。
暖かさを持ちながらも端正に美しく、気品に満ちてますね。
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これは牡丹の掛け軸ですが、これを読んで私たち、泣いてしまいました。
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写真では分かりにくいんですが、大体、こう書かれています。
(仮名遣いや漢字などあちこち間違ってます。意味だけをおとり下さい)

「大和の国安堵村の旧宅に、わが幼年の頃より 後庭に一株の牡丹あり。
老樹なれど永々打ち捨てられて花開かず。
昨春以来打ち捨てられたるを哀れみて、自ら雑草を抜き施肥したる結果、
約三十輪の蕾あり。四月京都移住に当たり、花期の報告を依頼しおきおり
電文に曰く、ハナサカリ、カヘリマツ と有り。即ち急ぎ帰りて、この花を写し、
その電文の筆者にこの図を託す。」

この文章の中に、富本憲吉と言う人の、優しさ、暖かさ、思いやり、花を愛する心、
そして、ふるさとを離れる寂しさ、何もかもが現れて。
心に深く沁みわたりました。

今日は、
「文化勲章を受けたことを決して誇らない、少しも偉ぶらない人だった」と、
深い愛情を込めて語られる○領さんと言う、すばらしい案内人を得て、
ほんとに良い一日となりました。
また、一つの作品だけを見るのではなく、その作品を大きなプロセスの中で、
どこから来て、どこへ行くのかを見なければ、と言うお話に、目を開かれたよう。
今の一歩は未来に繋がる一歩なんですね。

○領さんにご案内いただかなかったら、なんとなく通り過ぎてしまっただろう作品の数々が、
話してくださる言葉に呼応して、目覚め、息づき、語りかけてきて。
これまでいろんな展覧会に行きましたが、
これほど心を込めて見たことはなかったように思います。

富本憲吉と言う人は、連綿と続く大和の長い歴史と、この地の豊かさとに育まれた
名家の深い教養を基盤に生まれた天才が、
英国留学と言う新しい風を受け、大輪の花となったのだ、と
はるか彼方の陶芸家だった人が、
温かな生きた人間として感じられた、すばらしい一日でした。

最後に、彼が愛し、晩年をすごした離れに通してもらったんですが、
そこには、バーナード・リーチと共に写った写真が有って、
それを見ると、かるほさんは丁度リーチと同じ場所に座ってました。
良かったね、かるほさん。

あっという間に時間が過ぎて、お昼ご飯を食べ損ねたので、
京都へ帰られるかすみさんたちと別れて、
かるほさんと私は私の家で、買ってきたお寿司を食べて、感慨にふけりました・・・
パックのままで(汗)
もう少し生活の中に美を取り入れなくちゃ、と話しながら(大汗)
うう、綺麗なお皿を出してきて載せて食べればよかったね(劇汗)

再来週には、○領さんのお宅に伺う約束もしましたよ~。
楽しみです☆
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by nagiwi | 2007-06-04 00:18 | 奈良 | Comments(14)

はや6月です。

明日はかすみさんとご一緒に、
生駒郡安堵町にある「富本憲吉記念館」へとお出かけ。
その予習もかねて、
富本憲吉をモデルにしたと言われる、辻井喬著「終わりなき祝祭」を読んでます。
これを探すのに、本棚をあちこちひっくり返したので、
たださえぐちゃぐちゃの本がものすごいことになってますが、
本が面白いので、まあ、読んでから片付けます・・・・多分ね(笑)

富本憲吉は安堵町出身、近代陶芸の第一人者で“模様の芸術家”と知られており、
記念館は、江戸時代からの旧家であった彼の生家を改築して作られたそうです。
詳しくはないけど、焼き物好きの私としては、彼の原点を知るのはとても楽しみです。

午前11時、富本憲吉記念館前集合です☆
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by nagiwi | 2007-06-02 14:44 | 奈良 | Comments(2)

で、午後からは

水野先生とご一緒に歩く午後のルートは、
鬼の雪隠→天武持統陵→亀石→橘寺→石舞台。

前回、先生の「考古学特殊講義」で飛鳥を歩いた日は、
粉雪舞う寒い寒い一日でしたが、今回は初夏の日差しが午後になって一層強い!

午前中の白石先生ルートは結構マニアックでしたが(をいをい)
鬼の雪隠を見るのも40年ぶり位で、はるかかなたに皆さんが集まってるのを見ても、
最初は皆さんが何を見てるのか分かりませんでした・・・・
あの時は、鬼の雪隠は田んぼの真ん中にごろんと転がってたよ~な。
この鬼の雪隠は尾根の上部にある鬼のまな板とセットで、古墳の石室だったそうです。
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天武持統陵は、最初見瀬丸山古墳と思われていたのが、
明月記の記述などからこちらが陵墓と定められたこと、
それには持統天皇が最初の火葬された天皇だったことが決め手になったことなどを
いつもの軽妙なお喋りで語られ、「女性が流行を作る」と締めくくられて
聞き手のハートを鷲づかみ(笑)
トークが長引くのでは、とスタッフはヒヤヒヤに見えましたけどね(にんまり)
天武持統陵からぞろぞろ降りてくる皆さん・・・時間と共に行列はどんどん長くなる~
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これは亀石・・・お目にかかるのはやっぱり40年ぶり。
あたりはあんまり変わりすぎて、知ってるはずの道がまるで分かりません~。
亀石の横にある自販機で冷たいお茶を買い込み、喉を潤してまた歩き始めます。
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漸く知ってる道に出て、橘寺に到着。
しかし、ここの屋根も只今修理中・・・唐招提寺も修理中でしたわ~ん。
これは橘寺から見た川原寺。
水野先生が発掘されたそうで、お話にも一層熱が!
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橘寺から石舞台はもうすぐそこ。
木立の中に小さく写ってるのが石舞台です。
「あすか風舞台」という屋根つきの場所にみんなへたり込むように座りこみました。
が。
先生はいよいよお元気で、蘇我一族と聖徳太子を、あるいは、斎明天皇と狂心の渠を、
松本清張と酒船石を、熱く熱く語られました~。お元気なのは冬だけじゃないのね・・・
水野先生の熱情に、脱帽!
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みぴさんと猫さんとはここでお別れ。
後で知ったのですが、玄武を見るため、タクシーで飛鳥資料館に先回りされたそうです。
その成果やいかに?

さて、ここで朝一番からずっと一緒に歩いて下さった上野先生(いよ!真打!)登場。
伝飛鳥板蓋宮跡から飛鳥寺の横を通り、飛鳥水落遺跡でミニ講演・・・・
ひたすら歩く行列を見て、「バッタかイナゴの集団みたい」と言ったの、だ~れだ(笑)
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午後のルートは飛鳥川の上ツ瀬から下ツ瀬に向かって歩く旅で、それはまた、
蘇我氏、、天武天皇、斎明天皇など、
飛鳥を彩った人々の歴史を辿る旅だったんですね。
そして、川面に浮かぶ泡、川の音、蛙の声、風の一吹きさえ、
ここ飛鳥の地で見、聞くと、万葉びとの思いがそのまま伝わるよう。
都が藤原京からやがて平城京に移っても、飛鳥には離宮が置かれ、
人々の心のふるさとでした。

明日香川 川淀さらず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに

万葉集のこの歌は、上野先生には山部赤人の飛鳥川への恋歌だと思えるそうです。

長岡、と呼ばれる東の山々を見、北に耳成山、畝傍山、天の香具山、
雷の丘から西に甘樫の丘と、周りを取り巻く美しい丘を望めば、
私にも風の音が古人の息吹に思われました・・・
天の香具山と遠くにうっすら耳成山
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ほのかな夕焼けの中の畝傍山
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五月の日差しも傾いて、ここで5時半・・・・今日一日、走り回って私たちのお世話をしてくださった奈良大の学生ボランティアの皆さんを紹介していただいて、ご挨拶。
あれ?予定では5時45分飛鳥資料館にて解散だったはず。
でも、玄武をまだ見てない、と思ってる私の耳に、
「これから飛鳥資料館に行きますが、玄武は90分待ちです」と言う声が聞こえました。
ど、どうしよう???
でも、待ち時間に飛鳥資料館前で上野先生がお話してくださると言うので、
りぃさんとかるほさんと、とりあえず、付いて行きました。

資料館前に既に行列はなく、
ここ飛鳥を考えることは、漢字、仏教、儒教、お箸を使う、など東アジア共通の文化を考えることという、上野先生のお話を聞きながら、もしかしたらさっと入って見られるのでは、と言う期待もむなしく、お話が終わっても相変わらず90分待ち。
家で夫が待つ身としては、やむなく帰宅することに決め、
2010年の遷都祭には四神がみんな出るかもしれないそうなので、
そのとき3時間待ってみることにしよう、とかるほさんとりぃさんと話しつつ、
三人でバスに乗って帰りました。

ちなみに、みぴさんたちも2時間待ちで、諦めたそうです。


皆さんがお入りになった途端、待ち時間は105分に跳ね上がってましたわ~。

この日一日で、約16キロは歩いたことになるそうで、
こんなに長距離を歩いたのは久しぶり。
最後は左右の足に1個づつ豆も出来、
ぶっちゃけた話、バスに乗ってクッションのある椅子に座った途端、
もう二度と立ち上がりたくない!、と思ってしまいました(笑)。

でもね~、あの飛鳥の手足を思う存分伸ばしたように伸びやかな木々を見て、
爽やかな風に吹かれるたび、
隣を万葉人が通り過ぎたような、そんな気になって。

飛鳥には、古代が今も生きています。



今日のオマケ
かるほさんオススメ、
初夏から夏のスクーリングorウォーキングに是非ものの、
凍らせたペットボトルと冷えピタ。
冷えピタで、頭を冷やしながらお歩きください。ぬるくなったらこうすると再生できます。
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by nagiwi | 2007-05-29 01:15 | 奈良 | Comments(10)

「歴史・考古・万葉で辿るキトラ古墳の世界」というサブタイトルが付いた
「飛鳥まるごと周遊リレーウォーク」に行って来ました。

このサブタイトルって、「白石先生、水野先生、上野先生と辿る」ってことですよね~。

うう、メッチャ贅沢やけど、あまりにも盛りだくさんで、
果たして時間通りに終わるのだろうか、と言う不安を抱きつつ
8時40分ごろ飛鳥駅に降り立つと、既に点呼を取る人で行列が・・・
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300人ぐらいかなあ。
かるほさん、みぴあ~ちぇさん、河内大王さんに久しぶりにお目にかかり、
独楽さんにご挨拶して、ウォークが始まりました。

午前中は飛鳥駅の西側を歩きます。
出発してまもなく、岩屋山古墳に到着。
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一辺50メートルほどの八角墳で、
切石造りの横穴式の石室の形式などから7世紀後半頃のものらしく、
畿内の支配者階級によって営まれたもの。
石室は奥に行くほど狭くなるけど、すごく深かったですよ。

駅の西側はアップダウンがきついのに加えて、お天気は快晴で日差しは暑い!
村の中の細い道は距離の割りに結構疲れますが、程なくマルコ山古墳に到着。
この写真は2005年の12月にとったものです・・・・26日に取った分は、参加者が沢山写りすぎて全容が分かりにくかったので
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横口式石槨に漆塗り木棺を納めた埋葬施設を持つ7世紀末から8世紀初頭の古墳。
古墳の上には、薊の花が咲いてます。
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このあたりの古墳はどれも50mまでのようですが、
次に行った束明神古墳も対角線が30メートルほどの八角墳。
横口式石槨と漆塗り木棺を持っていたことなどからも、
被葬者は真弓丘陵に葬られたとされる草壁皇子か、と。

しかし、宮内庁はこちらを岡宮天皇陵と定めています。
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明日香村の緑は鮮やかで風は気持ち良く、
水の入った田んぼからは蛙の合唱が賑やかに聞こえました。
幾度見てもこの風景は心和ませます。
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それぞれの場所で、白石先生のお話を伺いながら、
文武天皇陵の横を通って、キトラ古墳へ到着・・・
・・・・この外観はとても古墳とは思えませんけどね・・・
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檜前寺(白鳳時代の寺院)跡には失われた塔の跡に
平安時代に建立された十三重石塔が立っていました。
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なんだかお腹が減ってきたよ~と、かるほさんに訴えていたらやっぱりお昼前。
高松塚古墳に到着しました・・・道の両側のみかん畑からは甘い香りが漂って、
緑は目に鮮やかですが、あの覆屋を見ると悲しくなります。
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三々五々お昼を食べているところへ、
午前中の試験を済ませてきた(えらい!!)りぃさんと猫さんが合流。

白石先生のミニ講演が始まりました。

午前中歩いた駅の西側は、藤原京の中心からの南北の延長線の西側となり、
7世紀以降の天皇家の人々の埋葬の地であったと思われるとのこと。
歩きながら振り返るといつも飛鳥の地が一望できたこのあたりには、
死後も飛鳥を眺めたいと願った人々が眠っているのでしょうね。

その中でも、キトラ古墳と高松塚古墳はその壁画で有名(って、言うまでもないけど)。
古墳の壁画は、死者のための小宇宙を描き出しており、
キトラ古墳では、十二支像によって時間が描かれているが、
高松塚では、十二支像はなく、男女の群像が描かれている。
白石先生のお話では、男女の群像の持ち物と続日本紀の記述
そのほか、副葬品の数々などから、被葬者は
717年に亡くなった石上朝臣麻呂ではないか、とのこと・・・・


ここで、白石先生から水野先生にバトンタッチをして午後の部が始まりました。

が、今日はここまで。
続きはまた明日~♪
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by nagiwi | 2007-05-28 01:55 | 奈良 | Comments(14)

天気予報によりますと

明日は朝から良いお天気だそうです☆

今日は朝から一日中雨。
それもシトシトじゃなくて、ジャ~ジャ~ですが
この雨も西から上がってきてるそうで、

明日の
「飛鳥まるごと周遊ウォーク」は

お天気バッチリとなりそう。

受付は8時30分、飛鳥駅前で始まります。

私も久しぶりの飛鳥で、ワクワク。

学友の皆さん、
明日お目にかかるのを楽しみにしています!
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by nagiwi | 2007-05-25 17:22 | 奈良 | Comments(2)

奈良公園の桜で

一番早く咲くのは、氷室神社の枝垂桜。
今年も、もう満開です。
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青空に映えて、綺麗ですね~♪

この木は樹齢100年を越えてるそうで、
年々花の数が減ってます。

頑張れ~☆
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by nagiwi | 2007-03-31 23:02 | 奈良 | Comments(8)

佐保路の三観音

不退寺、法華寺、海龍王寺の秘仏公開が12日までなので
午前中の用事を早めに切り上げて、行って来ました。
まずは西大寺からバスで不退寺に。
在原業平の建立になるこのお寺には、四季の花々が咲き乱れるので有名。
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鎌倉時代の本堂の中には、業平作といわれる
全身胡粉地に極彩色の文様を施した聖観音がありました。
小さいお寺なので、
秘仏も手を伸ばすと・・・もとへ、伸ばさなくても届く距離。
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本堂から山門を見たところ。
さほど広くない境内ですが、植え込みが沢山あって
来るたびに樹木が大きくなり、茂みはこんもりしてきて
仏様との距離の近さと言い、庭のひなびた風情と言い、
いかにも奈良らしいお寺。
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ご近所のウワナベ古墳から持ってきたらしい、5世紀頃の刳り抜き形石棺。
草刈鎌を研いだ跡があるらしい・・・・おいおい!

一条通を歩いて、法華寺へ。
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総国分尼寺として建立されたこのお寺は、光明皇后ゆかりの寺でもあり、
門跡寺院としても有名です。
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国宝の十一面観音はこの本堂の中。
右足を一歩軽く踏み出したお姿で、唇にはほんのり紅がさされたよう。
会津八一はこの観音を見て
ふぢはらの  おほききさきを  うつしみに あひみるごとく  あかきくちびる
と歌ったそうです・・・
今日は、国宝の阿弥陀三尊像も公開されており、
京都御所のお庭を移築したといわれる庭園も見られました。
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門跡としてこのお寺に来られた宮家の姫君を慰めるためのお庭でしょうか、
優しげなお庭。
そして、書院の障子には菊の御紋がついていました。

法華寺と海龍王寺は目と鼻の先。
この海龍王寺は、一時無人で、門が打ち付けられていたのを知っているので
こうやって開いていると嬉しくなります。
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僧玄昉が唐から帰国途中、暴風雨に襲われた際に、
海龍王経を唱えて九死に一生を得たそうで、
そのとき持って帰った経典の功によってこのお寺に入ったとか。
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本堂は江戸時代のもので、中には十一面観音が。
秘仏だったせいで保存状態が極めて良く、胸飾や口元の紅も鮮やかで
右足を一歩出したお姿は、法華寺の十一面観音にも少し似通います。
そして、西金堂の中には、
天平時代の4メートルほどの五重塔が安置されています。
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建物の中なので映りが悪いですが、
建造物としての天平時代の五重塔は、これ1基しか現存していないそうです。

佐保路の三つのお寺の中でも、
不退寺と海龍王寺は拝観の人も少なくて、ひっそり古びた風情。
築地の破れや境内のひなびた様子は、昔の栄耀栄華とは程遠く、
今どきこんなお寺がまだあったのね、と思わせて・・・。
法華寺は、まだしも観光バスが訪れますが、
それでもやっぱり、仏様との距離が近くて、長閑。

時代についていかない(いけない?)こういうお寺が
いかにもいかにも奈良らしくて、私は大好きです。
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by nagiwi | 2006-11-09 19:21 | 奈良 | Comments(20)

奈良は大混雑

孫が来てたので、奈良の鹿を見せようと、
昨日は奈良公園に行って来ました。
奈良駅近辺はなんだかすごい人出で、紅葉もまだまだ始まったばかり。
人ごみを避けて戒壇院から大仏池にと、
私のお気に入りのコースを辿って行ったら、
大仏池の紅葉もわずかで人もいない代わりに、
いつもは居る筈の鹿の姿がなかった。
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やむなくブラブラ大仏殿の正面で鹿を見て、
博物館のほうへ歩いていくと、

!!な、なんと!!
午後4時の博物館に長蛇の列と
「ただいま15分待ち」の張り紙

えええ~~???なんで???
今日って、平日よ???
しかも、後から後から行列に並ぶ人の姿もあって
平日の午後からならゆっくり見られる、という
地元民の常識が通じなくなってるみたい。

鹿たちも、観光客が多すぎたのか、お疲れ気味でした(笑)

しかし、平日の午後遅めでこれだから、
日曜祝日だとどうなるんだろう??
正倉院展の威力がここまですごいとは、と
心底ビックリした一日でした。

後援の新聞社が変わった所為かしら?
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by nagiwi | 2006-11-08 23:09 | 奈良 | Comments(4)

11月3日~5日まで、
解体修理中の唐招提寺で
「平成大修理現場見学会」が行われているのに行って来ました。
唐招提寺は、昨年度水野先生のスクーリングでも行ったんですが、
門を入ると、
しんと引き締まった空気が漂っています。
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金堂前になびく幡も古色を帯びた静かな色目で、
いかにも唐招提寺らしい・・・・
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あの鳥が羽を広げたような美しいカーブの大屋根を造り出すために、
屋根裏の構造は様々に工夫を凝らしてあるそうです。
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隅木を支えている隅鬼。
う~ん、暗くて分かりにくいので、下からも撮ってみました。
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旧開山堂とその前の芭蕉の「若葉しておん目の雫拭はばや」の句碑。
境内には、ほかにも会津八一や北原白秋など、幾つもの歌碑が。
見学会があるせいもあってか、
何時に無く大勢の拝観者の姿がありましたが、
境内は静か。
雰囲気が伝わるんでしょうね。
境内をゆっくりと歩き回って、新宝蔵で金堂の鴟尾も見て、
このお寺は、来る者を充実した気持ちにさせてくれます。

充実した気分のまま帰ろうか、
それとも、久しぶりに薬師寺に行こうか、
迷いました・・・・・が、折角来たんだし、と薬師寺に。
なんと言えばいいのか・・・・ほぼ20年ぶりで行った薬師寺。
予想はしてました(だから20年も行かなかったの)が
あれ程までとは思わなかったなあ。
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「行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一片の雲」と
佐々木信綱にと歌われ
「凍れる音楽」とフェノロサに言わしめた東塔の美しさはそのままで。
東院堂の聖観音も、薬師三尊像も少しも変わらないのですが
しかし。

唐招提寺とあまりに違う境内の雰囲気。

どっと疲れて帰りました。
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by nagiwi | 2006-11-04 23:20 | 奈良 | Comments(24)