あすか塾セミナー「日本国号の成立」

7月17日 明日香村稲渕の祝戸荘で、
東野治之先生の「日本国号の成立」のお話を聞いてきました☆

前日までのどんより灰色の空とジットリした空気が嘘のように、真っ青な空と白い雲!
完璧に梅雨明けですね~。

祝戸荘は稲渕の棚田のそば、石舞台から10分ぐらいだらだら上った所にあります。
二、三年前に古代米を食べにきたり、ピクニックに来たことはありますが、
セミナーに来たのは初めて。
東野先生のお話があるというので、予約してありました。
予約したのはまだ暑くなる前だったので、飛鳥駅から歩こうかな~なんて思ってたんですが、
前日には、石舞台までバスで行ってそこから歩こう、と思うようになり
当日橿原神宮前の駅から出て、カンカン照りの日に照らされ、駅前にタクシーを発見した途端、
心弱くも(何のためらいもなく)タクシーに乗り込んじゃいました(汗)

タクシーの車窓から眺める明日香村の風景は、緑豊かに爽やかでした・・・・
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歩いてたら汗ダラダラだったでしょうね(劇汗)

セミナーは11時受け付け開始11時半はじまりのはずだったんですが、
タクシーのおかげで10時半ごろ祝戸荘に到着。
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中に入ると朱雀さんを発見しました☆

セミナーは二回の研修室であるんですが、定員は60人ぐらいでしょうか、結構満員になってきそう。
配られた資料を見ると、東野先生らしく漢文が一杯・・…難しそうだわ(汗)
やがて独楽さんも到着されて、講義が始まりました。

この日のテーマは、「日本」という国の名前が定まった時代について。

「やまと」「倭」「日本」・・・奈良時代末までは、やまとことばと漢語とは共存したもので、
ことに人名や地名においてはその傾向が顕著でした。
「やまと」と言うのがこの国の本来の名前であって、漢字の「日本」は方便、外向きの名前であり
国際関係の中でどのように呼ばれるか(どのような名前で認められるか)は、
その当時の中国中心の国際秩序(中華思想)を受け入れて付き合うために必要だったんですね。

小野妹子が遣隋使として持って行った、例の(笑)「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」という手紙に隋の煬帝が激怒した、というのは有名なお話ですが、
この場合、煬帝が怒ったのは「日出ずる処、日没する処」と云う記述にではなく、
天皇が「天子」と名乗ったことに対してだったそうです。
「天子」って名乗るのは生意気だ~ってことらしい。

その「倭(やまと)」から「日本」へと呼び方が変わったのは、唐の正史である「舊唐書」「新唐書」東夷伝などの記述から、大宝律令制定後に遣唐使によって、唐に申請され、702年に則天武后によって認証されたものと思われるそうです。
遣唐使が長く中断された後再開され、国際社会に参加する意思表示として、唐に、国の名前を「日本」としたいのですがいかがでしょう、とお伺いを立て承認されたんですね。
ちなみに、「日本」というのは唐から見て日が昇る(東)という意味で、この名前なら則天武后はOKするだろうと考えたんじゃないか、というお話でした。

お話は、昼食をはさんで二時間余り。
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素朴なお味で、美味しかったです☆

なにしろ先生は淡々とお話しされる(笑)のと、漢文が難しくて嫌いなので(汗)
時々眠気は襲ったものの、結構頑張って起きてました(笑)

講義の後、朱雀さんにお願いして古墳に連れて行っていただけることになりました☆
しかも、この日は朱雀さんは車で来ておられたのです♪
きゃ~、歩かないで良いんだ、しかも、朱雀さんにお任せなんて、ラッキ~だわ~~~☆

それに、独楽さんがyumekoさんに電話されて、夕食の場所のセッティングしていただくことになりました。
ますますラッキ~~☆

まず最初の行き先は、安倍文殊院。
こちらの文殊さんは鎌倉時代、快慶作なんですが、今は修理のため獅子から降りたはって、
それが参観できます。
以前にまほろばソムリエの講習で来たときは薄暗い中でぐるぐる巻きになったはりましたが、
今回は明るいところでくっきり見えました。
すっきりとした爽やかなお顔立ちでしたわ~。

次に、同じく桜井市倉橋の天王山古墳へ。
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ここは、多武峰の尾根に作られた、古墳時代後期の代表的な方墳ですが、石室の中に入れるんです!
が、雨の後だし、入口は小さいし、例によって私はスカート・・・・なんですが、
朱雀さんがビニールシートをひいてくださって、
入って行かれるのを見てたら、つい、入ってしまいました(笑)
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入口から滑り込む朱雀さんです!
すごく狭いのがわかりますよね!
いや~、途中まではほんとに狭くて、頭や背中が天井にあたるし、下はジュクジュクだし、
大変でしたが、
入ってしまうと、広い!涼しい!
何より、石棺がある!!!!
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両袖式の石室に、でっかい刳り抜き式の石棺がどかん!とあるんですよ~♪
この石棺には盗掘穴が開いてるんですが、その周りに方形の彫りこみがあるのが珍しいですね。
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盗掘穴と方型掘り込み。

同じ尾根の上には、天王山二号墳、三号墳もあります。
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二号墳三号墳にも入りました☆
こちらは比較的入りやすかったですが、石室は少し小さめで、
石棺はありませんが石礫が敷いてありました。
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内部は天王山古墳(一号墳)と同じ雰囲気ですね。

何度か石室に入って思うことですが、背が小さいほうが背中や頭がつっかえなくて、
入りやすいです(笑)

この近くの倉橋ため池には古墳慰霊碑があると云って、連れて行っていただきました☆
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青空が水面に映えてます☆
このため池を作るために壊された古墳があったんですね~。
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最後に、越塚古墳へ。上り坂の途中で車を置いて歩きだすと、これが結構急な坂・・・・
独楽さんとヒ~ヒ~云いながら登っていくと、民家の裏山にいきなり古墳。
入口の石の大きいことに驚いてたんですが、
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入ってみたら、天井石も、石室の石積みもほんとに大きくて圧倒されました。
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床面には石礫が敷かれて、石棺の棺底石と石棺の一部が残ってたので、組合式の石棺があったらしいのが分かります。

一日に三つの古墳に入るなんて、なかなかできることじゃありません。
朱雀さんのおかげで、ルンルンルンの私でした☆

夕食はyumekoさんにお世話いただいた橿原の「田楽」へ。
ここは藤原京跡のそばにあるんですが、yumekoさんによると、藤原京では今、黄花コスモスや蓮の花が満開だとか。
その様子はyumekoさんのブログ万葉人の心 悠久の奈良でどうぞ!

さすがyumekoさん、美味しいものが次々出て来ます☆
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冷や奴にきゅうりの一本漬と何かのサラダ(?)
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エビのブルギニヨン風(?)
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カルパッチョ
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里芋の天ぷら(美味しかったよ~☆)
他にも馬刺しや豚の角煮、焼きなすのなんちゃら(笑)マグロのカツ・・・・まだあったような・・・・・
とにかく、ワンサカ食べて軽く飲んで、すごく楽しかったよ~♪

もしかしたら、うるさく喋って朱雀さんを辟易させたかな?(にやり)

お開きにして外へ出た時はまだ辺りは明るくて、でも、気温は少し下がったようで。
ほ~んとに良い一日でした!
朱雀さん、ありがとうございました、またよろしくお願いします☆

ここから帰るのに、yumekoさんにどこか電車の駅で降ろしていただこうと思ったら…・
なんとまあ、家まで送ってくださると・・・・だって、方向がまるで違うでしょ???
独楽さんを送るついでに?
それにしても、あまりにも厚かましい…とは思ったものの、誘惑に勝ちがたく、
お願いすることにして(汗)さっさとyumekoさんの車に乗り込んだ私・・・もうちょっと遠慮せんかい???

天理街道を橿原から奈良に向かって走ると、左手に鮮やかな夕焼けの中に二上山が。
前日までの雨もせいか、この日は空気が綺麗に澄んでいて夕焼けがひときわ美しく、そこに浮かぶ二上山のシルエットが幻想的・・・
そして右手を見ると三輪山。
素敵な夕暮れの中のドライブでしたわ~ん♪

やがてあたりに闇が落ちてきて、私は家の前まで送っていただき(!)充実した一日が終わりました。

朱雀さん、yumekoさん、そして独楽さん、
素晴らしい一日をありがとうございました。
ほんとにお世話になりました☆
またよろしくお願いします~♪
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Commented by 朱雀 at 2010-07-19 14:17 x
nagiwiさん
お疲れ様でした。先ず訂正を一つ、小さい方の古墳は3号墳、開口していたが入れなかった方が2号墳でしたお詫びして訂正します。
 当日の夕焼けは、東大阪市(多分石切あたり)からの夕日ですが翌日の「毎日新聞」に掲載されていました。
Commented by yumeko at 2010-07-19 15:58 x
中身の濃い充実した1日でしたね!!
古墳の記事とても楽しく拝見させていただきました~♪
行ったらよかったなぁ~なんて思っています(笑)
わたしも短い時間ではありましたが、みなさんとご一緒出来て楽しいひと時が過ごせました。
ありがとうございました、またの機会を楽しみにしています~~(^-^)♪
Commented by 独楽 at 2010-07-19 23:10 x
お世話になりました♪超楽しかったですね・・!!東野先生の論理的かつち密なお話と、実践派の朱雀さんの古墳探訪を一日で味わえるなんて!幸せでした。
Commented by lilakimono at 2010-07-20 09:02
古墳の中って、気温的にっとやはりお墓ってことでヒンヤリするんじゃないですかねぇ?
貴重な画像をありがとうございます!!

そして今回もまた、素敵なお友達と美味しそうなお料理と・・・・
なぎさん、羨ましいです~!!
Commented by marie004 at 2010-07-20 21:33 x
「日本」と「やまと」が共存していたなんて知りませんでした… なんとなく、「日本」は室町時代くらいかと思ってました。では、「にほん」「にっぽん」と言うようになったのは、いつ頃なんでしょうか? 「やまと」が国名だったとしたら、邪馬台国との関連はやはりありそうですか? ミーハーな質問ばかりでごめんなさい~!
Commented by nagiwi at 2010-07-21 22:54
朱雀さん
すっかりお世話になって有難うございました☆
二号と三号、訂正しておきます!
夕日の二上山、ほんとに綺麗でした~♪
またよろしくお願いします☆
Commented by nagiwi at 2010-07-21 22:55
yumekoさん
お世話になったうえに、家まで送っていただいて、ほんとにありがとうございました☆
古墳に入るのは、なかなか面白いですよ~。
次回はぜひご一緒に!
Commented by nagiwi at 2010-07-21 22:56
独楽さん
こちらこそお世話になりました☆
久しぶりに頭を使った後で、古墳に三つも入れて、めっちゃ楽しい一日でした~♪
またよろしくお願いします☆
Commented by nagiwi at 2010-07-21 22:58
りらさん
古墳の中はほんとに気温が低いんですが、お墓の中だからというより、地面の下なのに加えて開口部が小さいせいかな~、と思います。
こういう居酒屋さんみたいなところで、多種多様なお料理を一口づつ食べるの、大好き!
美味しかったですよ~♪
Commented by nagiwi at 2010-07-21 23:02
marieさん
「やまと」と言うのがそもそもの(国内向けの)名前で「やまたい」と言うのもその一種でしょうね。
で、日本(にっぽん)と言うのが国際的なシチュエーションでの名前で、702年に則天武后によって承認された、と言うことらしいです~。
by nagiwi | 2010-07-19 01:02 | 奈良 | Comments(10)